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令和7年（ワネ）第213号　オンライン記事掲載差止等請求控訴事件

- 控訴人（1審被告）：宮部　龍彦
- 被控訴人（1審原告）：池田　三男
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# 控訴理由書
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令和8年2月4日
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東京高等裁判所　御中
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- 控訴人：宮部　龍彦
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## 第1　控訴理由の要旨
本件は原審で、原告池田三男および原告部落解放同盟埼玉県連合会（以下「原告ら」という。）が控訴人に対し、記事削除・公表禁止および損害賠償等を求めた事案である。控訴審の被控訴人は原告池田三男個人のみであるが、原審手続の問題は原告らの訴訟追行と不可分であるため、以下「原告ら」とも表記する。

## 1　原審の訴訟指揮は、公正を害し、当事者間の対等を壊していた
原審裁判長（関根規夫裁判官）の訴訟運営は、原告側に著しく偏っていた。

被告が欠席した第1回期日に原告側だけに長文の「意見陳述書」を公開法廷で読ませ、最終期日には出席した被告が抗議したにも関わらず同様のことを行った。他にも、原告側の書面提出期限の徒過を実質的に放置し、主張の先延ばしによる争点整理の遅れを是正しない一方で、控訴人が求めたオンライン手続（民事訴訟法87条の2）や弁論準備手続（同法168条）等については、当事者の負担・安全・訴訟経済の観点から検討した形跡がない。

本件は、原告らの支援団体が多数動員を公表し、実際に警備や法廷運用に相当の負荷が生じていたにもかかわらず、裁判所は適切な手当（オンライン併用、準備手続への付置、期日の設計、傍聴運用の透明化等）を講じなかった。これは、当事者対等・適正手続の観点から看過できない。

原審は、民事訴訟の法廷を権利侵害の救済の場ではなく、原告らが政治的アピールをし、公を利用して個人を私的制裁する場所へと堕落させようとした。

## 2　原判決は、法的枠組みと事実認定の両面で無理がある
原判決は、「出身等」を「居住」にまで拡張し、被控訴人が新潟県出身で32歳頃に転入した者であることを認定しながら、出生由来の属性とほぼ同列に扱って権利侵害を認定した（原判決別紙2・2(1)〔37頁〕、同別紙2・1〔37頁〕）。

また、「可能性を否定できない」といった推測を積み上げて「特定可能性」「差別助長」を認定し、法務省の依命通知（行政内部の運用）を、法律のように扱って私法上の違法性判断の柱に据え、さらに「削除要請に従わない」こと自体を悪質性の根拠としている（原判決第3・1(4)ア〔13頁–14〕、同1(4)ウ〔14頁〕、同第3・7(1)イ〔23頁–25〕）。表現の自由（憲法21条）や学問・研究の自由（憲法23条）との比較衡量を事実上放棄している。

原判決は具体的な権利侵害の立証に失敗した挙げ句、控訴人に対する人格攻撃（目的・悪質性のレッテル貼り）で結論を補強している（原判決第3・7(1)イ〔25頁〕、同第3・8(1)〔26頁〕）。

## 3　差止め（削除・公表禁止）の射程が極端で、必要最小限性を欠く
原判決は、被控訴人個人1名の救済を基点としながら、埼玉県内全記事の削除と、媒体横断の全面公表禁止（「一部を抽出しての掲載等を含む」）という、極端な規制を命じた（原判決主文1・2項〔1頁〕）。

しかも原判決は「半永久的に残る」「完全削除は不可能に近い」等と述べつつ、差止めの寄与度や実効性（アクセス、検索経路、リスク上乗せの程度）を検証せず、推測だけで広範差止を正当化している（原判決第3・10(2)ウ〔29–30頁〕）。わずか11万円という損害額と比べて著しく不均衡であり、民事救済を実質的な制裁・包括的表現規制に転化させている（原判決第3・8(1)〔26頁〕）。

## 4　理由不備・判断遺脱が顕著である
原判決は、結論部で「被告は縷々主張するが…覆す事情は見当たらない」と一括して控訴人の反論を退け、主要な争点（公知性、予見可能性、記事ごとの差異、代替手段、萎縮効果、比例性、行政通知の位置付け、技術環境の変化等）に具体的に答えていない（原判決第4結論〔30頁〕）。理由不備・判断遺脱が明白であり、控訴審において是正されるべきである。

## 第2　争点別の主張

## 1　争点1：原審訴訟手続の公正を害する訴訟指揮（当事者対等・適正手続違反）

## (1)　被告欠席のまま、公開法廷で一方当事者の「意見陳述」を実施させ、審理の土台を歪めたこと
ア　第1回口頭弁論（令和6年3月13日）において、原告池田および原告解同埼玉県連は、それぞれ「意見陳述書」と題する書面を陳述した。当日は被告は擬制陳述を希望し、欠席した。
イ　公開法廷での陳述自体を否定しないとしても、相手方がいない場で、一方当事者に長文の陳述を許せば、その場の空気や心証形成に片面的影響を与え得る。少なくとも、裁判所はその影響を最小化する配慮（事前の整理、双方機会の担保、必要なら準備手続で扱う等）を尽くすべきである。
ウ　第4回口頭弁論（令和7年9月10日）において、原告らが予告無しに同様の書面を陳述しようとしたことについて、認めることのないよう被告が裁判官に抗議したにも関わらず、裁判官は原告らに一方的に陳述させた。被告に対して同様の機会は一切与えられなかった。
ウ　しかも本件は、当初から支援団体の動員が予定されていた類型である。公開法廷は「公正な対審」の場であり、運動的アピールの舞台ではない。

## (2)　原告側の期限徒過を繰り返し放置し、当事者対等を害したこと
ア　第1回期日で裁判所は、原告らに対し令和6年5月13日までに「具体的な主張及び答弁書に対する反論を記載した準備書面」を提出するよう指示した。しかし、原告第1・第2準備書面は令和6年6月18日・19日付であり、期限を守っていない（第2回期日で陳述）。
イ　第2回期日で裁判所は、原告らに対し令和6年9月4日までに「本件各記事による具体的な権利侵害についての主張を記載した準備書面及び書証」を提出するよう指示した。しかし、原告第3準備書面等は令和6年9月12日付であり、期限を守っていない（第3回期日で陳述）。
ウ　この期限徒過について、裁判所が理由説明を求めたり、陳述制限などの措置をとった形跡は調書上見当たらない。さらに、原告代理人自身も「裁判官から理由の説明を求められていない」ことを認めている（令和6年10月10日付「意見書（異議申立てについて）」）。
エ　第4回口頭弁論（令和7年9月10日）直前に原告らが予告なく原告第8準備書面（令和7年9月5日）を提出したことについて、被告は陳述を認めないように裁判官に抗議したが、裁判官は漫然と陳述を認めた。
エ　期限を守らない側が得をし、守る側だけが防御負担と出頭負担を累積させられる訴訟運営は、当事者対等に反する。

## (3)　オンライン手続・弁論準備等の採否につき、当事者負担・安全・訴訟経済の観点からの検討を欠いたこと
ア　控訴人は、オンライン手続の採用や、少なくとも当事者の意見聴取と理由説明を求め、民事訴訟法150条により異議申立てをした（令和6年9月26日付「訴訟指揮等に対する異議申立書」）。
イ　原告側はオンライン手続に反対し、直接の対面で行うべきだと明確に述べている（令和6年10月10日付「意見書（異議申立てについて）」）。
ウ　しかし、裁判所は、事件の内容・当事者の負担（遠隔地出頭）・安全確保・訴訟経済・当事者対等の観点から、なぜオンライン等が「相当でない」のかを説明し、代替措置を検討すべきであった。少なくとも、検討した形跡と理由が記録上確認できない。
エ　本件では、支援団体の公表情報として「第2回口頭弁論に100人の支援者が集まる」との記載がある（乙29）。多数動員は、当事者に心理的圧迫を与え、一般傍聴を事実上排除し、裁判所の警備資源を奪う。裁判所が無関心でよい性質のものではない。
オ　裁判所に埼玉県警のワゴン車が乗り付けるなど、原告らさえ過剰ではないかと言わざるを得ない状況があった（令和6年10月10日付「意見書（異議申立てについて）」）。警備や傍聴券配布の経緯を確認するため、令和6年11月8日、令和6年3月13日・6月26日・9月18日の「警備と傍聴券配布」に係る司法行政文書および保有個人情報の開示を申し出た。しかし、通知期限の再延長がされつづけ、原判決言渡し後もなお結論が出ていない。裁判運営の透明性確保の観点からも異常である（乙30）。
カ　控訴人が強く抗議したのは、単なる感情ではない。裁判所が原告側の動員と遅延を事実上追認し、被告側の負担だけを増やしているからである。損害額が11万円にとどまる事件で、ここまでの負担と圧迫を正当化できない。これは、訴訟の名を借りた懲罰に近く、被告と同様に部落の研究を試みる者に対する脅しとも言える。

## (4)　一審の訴訟運営は著しく公正さを欠き、憲法に反する
ア　一審の訴訟運営は被告が今まで目にしたことがないほど不公平であり、ずさんなものであった。
イ　特に、第3回期日で被告が抗議するまで繰り返された被告らの主張の先延ばしは、悪意すら感じられるもので、裁判官は原告解同埼玉県連が法廷を「糾弾会」の場にすることに手を貸そうとした。
ウ　憲法32条は「裁判」を受ける権利を国民に認めるものであるが、一審の訴訟運営のずさんさは、もはや「裁判」と言えるものではない。

## 2　争点2：権利侵害（プライバシー・人格的利益）の認定の誤り

## (1)　「出身等」を「居住」にまで広げ、被控訴人の属性を実質的に作り替えた誤り
ア　原判決は、被差別部落とされる地域に関連することで不当な扱いを受けるおそれがあるのは「出身である場合に限定されず」「（被差別部落とされる地域に）居住することを含む」とする趣旨を述べる（原判決別紙2・2(1)〔37頁〕）。
イ　しかし、ここで原判決がしているのは、出生由来の固着的属性（出身）と、後天的・選択的要素（居住）を区別せず、権利保護の名で「属性」を無限定に広げる操作である。これは予見可能性を壊す。
ウ　とりわけ原判決自身、被控訴人が「新潟県出身で、32歳の頃から本件記事1が対象とする地域に居住して部落解放運動に参加し、平成7年から部落解放同盟中条支部長を務めている」と認定している（原判決別紙2・1〔37頁〕）。それにもかかわらず、居住をもって「出身等」と同列に扱うのは無理がある。
エ　この拡張を許せば、「当該地域に住むだけで誰でも同じ強度の属性を帯びる」ことになり、地域情報の包括的封印へ直結する。原判決は、自ら作った枠組みを制御できていない。

## (2)　「特定可能性」「推知」は推測にとどまり、侵害認定の水準を満たさない
ア　原判決は、「本件記事1の閲覧者には、個人原告の住所を知る者が含まれる可能性を否定できない」などと述べ、そこから推知・特定可能性を導く（原判決別紙2・2(2)〔37–38頁〕）。
イ　しかし、「知っている者が見れば分かる」という論理は、匿名表現の大半に当てはまる循環論である。必要なのは、表現から客観的に見て、一定範囲の第三者が被控訴人を識別できる蓋然性である。単なる「可能性」では足りない。
ウ　また、第三者が本件記事から被控訴人を特定し、差別行為に及んだという具体的事実の立証もない。侵害の重大性を言うなら、アクセス状況、検索経路、拡散状況等の客観指標により「上乗せリスク」を示すべきであるが、原判決はそれをしていない。

## (3)　原判決自体が被控訴人の識別性を高めているという矛盾
ア　原判決は、被控訴人について「新潟県出身」「32歳の頃から本件記事1が対象とする地域に居住」「平成7年から部落解放同盟中条支部長」等の情報を詳述している。また「本件記事1に掲載された5枚の写真には、それぞれ異なる角度から個人原告の自宅が写り込んでいる」とまで認定している（原判決別紙2・1〔37頁〕）。
イ　出版物に対する裁判であるなら、その出版物に含まれる情報が評価の対象となるはずなのに、原判決は、言わば電子出版物たる本件記事に書かれておらず、控訴人すら知らなかった情報をわざわざ公開法廷の場に出してきて、それをもって本件記事を断罪するような、言わば「藁人形論法」を行っている。
イ　判決は公開され得る（憲法82条）。判決が識別性を高める効果を持つ以上、その影響も含めて比較衡量すべきである。にもかかわらず、その検討がないまま、表現者である控訴人だけに最大級の責任を負わせている。論理として破綻している。

## (4)　秘密性（非公知性）の判断が、現実（公知・到達可能性）と噛み合っていないこと
ア　原判決は、被控訴人が「被差別部落」とされる地域に居住することについて、「差別意識を呼び起こすものであるからこそ公開を欲しないであろう」「一般の人々に未だ知られていない事柄である」として、秘匿性・非公知性を肯定している（原判決別紙2・3(2)〔38–39頁〕）。
イ　しかし、同じ箇所で原判決は、「本件記事1が対象とする…上中条について記載のある文献等は存在する」と明言しつつ、「これによって…一般の人々に知られているとまではいい難い」などとして、非公知性の判断を維持している（原判決別紙2・3(2)なお書き〔39頁〕）。要するに、既に外部資料として記載が存在する（＝少なくとも「秘密として管理されている情報」ではない）ことを認めながら、「一般の人々に広く知られていない」という一点だけで、なお非公知性を肯定している。
ウ　この判断枠組みは危険である。公開情報が存在するのに「広く知られていない」ことを理由に非公知性を肯定できるなら、歴史・地理・行政・施設などの公的情報や既刊資料に基づく表現が、いくらでも「プライバシー」扱いされ得るからである。少なくとも、原判決が「文献等の存在」を認めた以上、(i) 当該情報がどの程度到達容易なのか、(ii) 本件記事1の掲載がどの程度「新たな危険の上乗せ」をしたのか、(iii) その上乗せが具体的に立証されているのか、を検討して結論を導くべきであるのに、原判決はそれをせず、強引に侵害を肯定している。
エ　原判決は、もはや秘密という結論ありきであって、その理由を逆算して後付けしているものであり、論理破綻が著しい。

## (5)　原判決の「比較衡量」の組み立てが逆転しており、上乗せ危険の立証もないこと
ア　原判決は、「インターネットの発達に伴いその検索の容易性が飛躍的に高まっていることにも鑑みてプライバシー侵害の程度が大きい」（原判決第3・7(1)イ〔23頁〕）と述べる。
　だが、検索容易性が飛躍的に高まっているという事情は、通常は、情報の到達可能性が上がり「秘匿性（非公知性）が相対的に低下している」ことを意味する。にもかかわらず原判決は、検索容易性を、侵害評価を強める方向にのみ用いている。この評価は均衡を欠く。
イ　さらに原判決は、国立国会図書館デジタルコレクションの検索により「過去の被差別部落に関する書籍が検索可能」であり、またAIの検索結果に当該情報が登場することも「容易に認められる」と、到達可能性を明確に認定している（原判決第3・7(1)イ〔24頁〕）。
　それにもかかわらず、「そうであるとしても」控訴人の行為は「新しい情報を可視化して公開し続ける」「差別意識につながるような新たな手がかりを作り出す」と述べ、違法性を肯定する（同〔24–25頁〕）。
　しかし、ここで必要なのは抽象論ではなく、控訴人の公開によってどの程度、具体的に危険が上乗せされたのか（上乗せ危険）の立証である。原判決は「上乗せ」の中身（検索順位・アクセス・第三者の利用例・特定や差別行為の現実化など）を示さないまま、「そうであるとしても」と断じており、比較衡量の要件事実を欠く。
ウ　原判決は、国会図書館やAI検索は「条件の入力行為を必須とする以上、被差別部落に何らかの関心がある者が行うことが前提」であり、控訴人の記事は「それらの者に更に新たな手がかりを与える」と述べる（原判決第3・7(1)イ〔25頁〕）。
　しかし、この論法は二重に不合理である。
　第一に、「関心がある者が入力して探索する」という前提は、控訴人の記事の閲覧にも同様に当てはまる。すなわち、閲覧者もまた何らかの関心や探索行動の延長で到達するのであって、「入力が必要」だから国会図書館・AIは許され、控訴人の記事だけが「新たな手がかり」になるという区別は成立しない。
　第二に、仮に「関心ある者」に限られるなら、まさに原判決自身が認めるとおり、控訴人の記事がなくても探索は可能である。したがって違法性を肯定するには、控訴人の記事が「到達の容易さ」や「特定可能性」をどれだけ追加的に高めたのか、具体的な検討が不可欠である。原判決はこの検討をしていない。
エ　原判決はさらに、控訴人が「差別意識を煽る目的をもってした行為」として悪質性を強調する（原判決第3・7(1)イ〔25頁〕）。
　しかし、「差別意識を煽る目的」について全く根拠が示されていないし、控訴人の目的を決めつけることをしなくても、記事の内容からそれらが「差別意識を煽る」ものであるか評価できるはずである。原判決は、その判断に失敗した挙げ句、控訴人に対する根拠のない人格攻撃に逃げている。
　百歩譲ってプライバシー侵害の比較衡量において、目的や態度が考慮要素になり得るとしても、それは「当該表現による具体的な上乗せ危険」が認定されていることを前提に補助的に位置付けられるべきである。上乗せ危険の検討が欠落したまま悪質性評価で結論を補強するのは、結論の先取りである。
オ　以上のとおり、原判決は、①検索容易性・到達可能性を認めながら（原判決第3・7(1)イ〔23–25頁〕）、②「そうであるとしても」と抽象評価で跳躍し、③上乗せ危険の立証を欠いたまま違法性を肯定し、④さらに目的・悪質性評価で結論を固めている。
　このような比較衡量は、要件事実の検討順序が崩れており、結論に合理的根拠を与えていない。

## (6)　「被差別部落」の場所が広く知られていないのに、差別が深刻であるという前提に依拠する矛盾
ア　原判決は、当該地域に居住することが「一般の人々に未だ知られていない事柄」であるなどとして非公知性を肯定する（原判決別紙2・3(2)〔38–39頁〕）。
イ　一方で原判決は、差別は「身分制廃止から100年以上経過しても絶えることがなく根深い」などとして保護の必要性が高いと述べる（原判決第3・7(1)イ〔23–24頁〕）。
ウ　しかし、差別が具体的に成立し、被控訴人個人に具体的危険が生じるためには、少なくとも「差別し得る者」が当該地域を識別でき、かつ被控訴人が当該地域に「関連する者」であると把握できることが前提である。原判決は「一般に知られていない」と言いながら、差別が現実に深刻であるという前提で保護必要性を結論づけており、論理が噛み合っていない。
エ　この矛盾は、結局のところ「この裁判は被差別部落がテーマである」というだけで特別に強い保護と強い規制を導いて、結論を先取りしているからである。原判決は、裁判官の部落問題に対する無知と偏見を露呈させた挙げ句、その責任を控訴人に転嫁している。

## 3　争点3：違法性（比較衡量）・目的認定の誤り（表現の自由・学問研究の自由の軽視、行政通知の「法律化」）

## (1)　表現の自由・学問研究の自由の比較衡量を尽くしていない
ア　本件各記事は、地域の歴史、社会政策、行政施策、社会運動の在り方を素材とし、現況の観察・撮影も含む。政治的言論・社会的批評として高度の保護に値する（憲法21条）。研究活動としての側面もある（憲法23条）。
イ　原判決は、プライバシー侵害の比較衡量の場面で、「当該事実を公表する積極的な理由は見出し難い」と述べ、さらに「これらの書籍等はいずれも…いずれも古く…地名を挙げて研究する必要性を積極的に肯定できるものでもない」「必ずしも特定の地名及び当該地域の写真をインターネット上の記事として掲載しなければ達成できない研究があるとはいい難い」として、学問研究（調査・記録）の必要性を実質的に否定している（原判決第3・7(1)イ〔24頁〕）。しかし、現況記録は、過去文献との比較、政策評価、地域変容の分析の基礎であり、方法として意味がある。
ウ　そもそも、裁判は表現行為の必要性や学問の価値を評価する場ではない。必要でないものなら表現してはいけないという法はないし、当初は必要ないと思われていた学問が後に評価される事例は無数に存在する。原判決は裁判の目的を履き違えている。

## (2)　法務省依命通知・説示・削除要請を「法律」のように扱い、行政要請への不同意を悪質性の根拠にした誤り
ア　原判決は、法務省人権擁護局調査救済課長が発出した依命通知（「目的の有無にかかわらず…許容し得ない」「原則として削除要請の対象」等）を認定し、これを前提に判断を構成している（原判決第3・1(4)ア〔13–14頁〕）。
イ　また、各協議会等による削除要請の反復、及び東京法務局長による説示を詳細に認定している（原判決第3・1(4)イ・ウ〔14頁〕）。
ウ　そして原判決は、これら行政的要請・説示に従わないこと等を、控訴人の「不当性の自覚」「差別意識を煽る目的」「悪質性」の根拠として用いている（原判決第3・7(1)イ〔25頁〕、同第3・8(1)〔26頁〕）。
エ　しかし、依命通知や説示は行政内部の運用指針・説示であり、法規範ではない。これを私人間の民法709条の違法性判断に実質的拘束力ある基準として取り込めば、立法手続を経ない行政方針が司法を介して私人の表現を広範に縛る構造になる。表現の自由の観点から危険である。
オ　また、行政見解には争い得る余地がある。私人が不同意であること、争う姿勢を示すこと、あるいは要請に従わないことそれ自体を「悪質」とするのは、行政判断への服従を事実上強制するに等しい。司法は、行政方針への追随ではなく、表現内容、侵害の具体性、上乗せ危険、代替可能性、比例性を精査して判断すべきである。

## (3)　他事件・SNS発言等を「人物評価」に使い、個別表現の評価を放棄している
ア　原判決は、控訴人の過去の活動として、復刻版全国部落調査の出版等をめぐる訴訟の経緯を詳細に認定し（原判決第3・1(2)ア〔11–12頁〕）、また、控訴人がTwitter上で「全国部落調査の発禁が解除されたら…金儲けしますよ。それによってアホが憤怒して発狂することを含めて表現でありアートなので。」等と投稿したことを認定している（同1(2)ウ〔12頁〕）。
イ　しかし、民事差止を正当化するために必要なのは、当該表現それ自体が、どのような具体的危険を、どの程度の蓋然性で生じさせるかである。別事件や過去発言で人物像を作ってから当てはめるのは、本末転倒である。
ウ　不快な言論を「人格」ごと封じるのではなく、具体的権利侵害に即して必要最小限に救済すべきである。

## 4　争点4：差止め（削除・公表禁止）の必要性・範囲の誤り（過剰・不明確・萎縮効果）

## (1)　個人原告1名を基点に県内全記事を差し止める「ねじれ」
ア　原判決は、原告解同埼玉県連の請求を棄却しつつ（「原告解同埼玉県連の請求をいずれも棄却する。」）（原判決主文5項〔1頁〕）、被控訴人個人1名を基点に「別紙1記事目録記載の各記事」すべてを削除・公表禁止とした（原判決主文1・2項〔1頁〕）。形式は個人救済だが、実質は県内同種情報の包括規制である。
イ　そもそも民事差止は、原告の救済必要性と結び付く範囲に限定されるのが原則である。原判決は、差止めの範囲を「実効性を確保する観点」から広げ、「本件記事1にとどまることなく…本件各記事の全てについて認めるのが相当である」として県内全記事に拡張した（原判決第3・10(2)ウ〔29–30頁〕）。この拡張は、全国部落調査事件の確定判断が慎重に射程を限定した趣旨とも整合しない。

## (2)　「芋づる式閲覧」を理由にした県内全削除は論理が破綻している
ア　原判決は、「本件各記事のうち1つの記事を閲覧した者が、別の記事にたどりつくことは容易に実現可能である」とした上で（原判決第3・10(2)イ〔28–29頁〕）、「閲覧者が芋づる式に本件各記事を閲覧する誘因も大きい」と述べ、さらに「本件記事1にたどりつくことができる状況の下では…回復困難な損害が断続的に発生することは否定し難い」として（同〔29頁〕）、県内全記事の削除・公表禁止へ結論を導いている（同10(2)ウ〔29–30頁〕）。
イ　しかし、原判決自身が、侵害の中心を「本件記事1にたどりつくことができる状況」に結び付けて述べている以上、百歩譲っても本来は、まず「本件記事1」に対する限定的措置（写真のマスキング等を含む）の可否と効果を検討すべきである。それを飛ばして「実効性確保」の名で県内全記事削除へ拡張するのは、因果の向きが逆である。
ウ　実効性を言うなら、検索経路、アクセス解析、外部残存との関係、削除によるリスク低減の程度を検証すべきであるが、原判決は「容易」「誘因」「否定し難い」といった推測的評価を積み重ねるにとどまり、客観的検証を欠く。

## (3)　主文2項の媒体横断・部分抽出を含む全面公表禁止は、事前抑制に近い
ア　主文2項は、ウェブ掲載にとどまらず、書籍、出版物、放送、上演、戯曲、映画化等「あらゆる方法による公表」を禁じ、しかも「いずれも一部を抽出しての掲載等を含む」とする（原判決主文2項〔1頁〕）。
イ　これは、将来、研究者や報道機関が問題例として必要最小限に引用することすら、形式上禁止し得る内容である。萎縮効果が極めて大きい。
ウ　人格権侵害の差止めは、侵害除去に必要な範囲に限定されるべきであり、媒体横断の包括禁止は例外中の例外である。原判決は、危険の高度の蓋然性、代替手段不存在、範囲の明確性などの厳格審査をした形跡がない。

## (4)　技術環境（半永久・外国法人等）に関する評価が一方向で不合理である
ア　原判決は、「外国法人が運営するウェブサイトなどの媒体上に…公開しても、その削除には一定の時間を要する」と述べ（原判決第3・10(2)ウ〔29頁〕）、「インターネット上に一度公開された情報は半永久的に残り、完全に削除することは不可能に近く」と述べる（同〔29–30頁〕）。
イ　しかし、もし本当に不可逆なら、控訴人サイトの削除・公表禁止によるリスク低減効果は限定的となるはずである。原判決はこの帰結を検討せず、「半永久」「不可能に近い」と述べながら、なお広範差止の根拠として一方向にだけ用いている。
ウ　技術環境を理由に差止め範囲を無限定に広げると、結局「どこまでやっても消えない」中で表現規制だけが肥大化する。司法は、上乗せリスクと差止めの効果を具体的に検討すべきであるが、原判決はその検討を欠く。

## (5)　仮執行宣言を付さない判断との矛盾
ア　原判決は損害金部分にのみ仮執行を付し（原判決主文7項〔2頁〕）、削除・公表差止部分には付していない（同）。
イ　しかも理由中でも「本件各記事の削除及び公表差止めについての仮執行宣言は相当でないから、これを付さない」と明示している（原判決第4結論〔30頁〕）。原判決がいうように緊急かつ回復困難で不可逆なら（「回復困難な損害が断続的に発生することは否定し難い」）（原判決第3・10(2)ウ〔29頁〕）、仮執行を付す方向に傾くはずである。付さないという判断がされたのは、判決理由に書かれているような緊急性・必要性が存在しないからである。

## 5　争点5：損害（因果関係・金額）の不合理

## (1)　侵害評価の深刻さと損害額（11万円）の不均衡
ア　原判決は侵害が深刻で不可逆である旨を強調しつつ、慰謝料10万円・弁護士費用1万円の計11万円にとどめた（原判決第3・8(1)〔26頁〕）。
イ　判決理由が示すように部落差別による権利侵害がそこまで深刻なら損害額が軽すぎる。損害額が妥当なら侵害評価が誇張である。どちらにせよ、評価と結論が整合しない。
ウ　損害額は具体的な権利侵害が実証されないにもかかわらず記事の公表の差し止めを命じることを正当化するための、いわば「入場料」に過ぎない。

## (2)　具体的損害の立証が乏しいまま、抽象的危険で損害を認定している
ア　被控訴人に具体的な差別被害・不利益が現実化した事実は十分に立証されていない。
イ　原判決は、可能性や推測を積み上げて侵害と損害を認定しており、因果関係の審査を事実上放棄している。

## 6　争点6：理由不備・判断遺脱（「縷々主張するが…」での一括排斥）

## (1)　控訴人の主要反論に具体的に答えていない
ア　原判決は結論部で一括して反論を退け、どの反論をどう検討し、なぜ退けるのかを示さない（原判決第4結論〔30頁〕）。
イ　原告解同埼玉県連が幹部のパワハラ等を理由として久喜市等の自治体から絶縁されたこと、そのパワハラの原因となった幹部が人権研修で自治体から高額の報酬を得ていることなど、原告解同埼玉県連自身が差別解消とは正反対の行為を行ってきたことからは一切目を背けている。
イ　これは、判断の重要部分における理由不備・判断遺脱であり、控訴審において是正されるべきである。

## (2)　団体原告を権利主体として否定しつつ、その資料は事実認定に重用する二重基準
ア　原判決は団体原告の権利性を否定する一方、同団体や行政機関等の要請書等を、被害実態・違法性の根拠として重用する（例：原告解同埼玉県連の請求棄却＝主文5項〔1頁〕、他方で依命通知・要請の重視＝原判決第3・1(4)ア〜ウ〔13–14頁〕、第3・7(1)イ〔25頁〕）。
イ　権利主体として否定するなら、その主張・資料の客観性・偏りを吟味し、反対証拠との対比を尽くすべきである。原判決は比較衡量を歪めている。

## 第3　結語
以上のとおり、原審の訴訟指揮は公正を害し、当事者対等と適正手続に反する。原判決は、推測を積み上げ、行政通知を法律のように扱い、比較衡量を欠いたまま、必要最小限性を欠く極端な表現規制を命じた。理由不備も明白である。

よって、控訴人は、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を棄却する判決を求める。

以上
