昭和五九年(行ウ)第二号 判   決 新潟県岩船郡神林村大字平林二〇一〇 原 告 小池 健志 同県同郡同村大字平林一九五〇―二 原 告 倉嶋正二郎 右両名訴訟代理人弁護士 中山 武敏 近藤 正道 同県同郡同村大字小口川二一―二 被 告 神林村村長 佐藤 末吉 右訴訟代理人弁護士 石田 浩輔 右指定代理人 竹内源之助 鈴木 忠雄 忠 栄三 右当事者間の新潟県同和地区中小企業振興資金借入あっせん申込みに関する不作為違法確認請求事件につき、当裁判所は昭和六二年一〇月二七日に終結した口頭弁論に基づいて次のとおり判決する。 主   文 一 被告が昭和五九年二月二〇日に原告らからの新潟県同和地区中小企業振興資金借入あっせんの申込みに対してした不受理処分をいずれも取り消す。 二 訴訟費用は被告の負担とする。 事   実 第一 申立て 一 請求の趣旨 主文と同旨の判決を求める。 二 請求の趣旨に対する答弁  1 原告らの請求をいずれも棄却する。  2 訴訟費用は原告らの負担とする、との判決を求める。 第二 主張 一 請求の原因 1 新潟県は、同和対策審議会の昭和四〇年八月二日付答申及び(旧)同和対策事業特別措置法(昭和四四年七月一〇日法律第六〇号。以下「同対法」という。)に基づく同和対策事業の一環として、中小企業に係る融資事業を実施するため、昭和五三年一〇月二〇日、新潟県同和地区中小企業振興資金要綱(以下「要綱」という。)を制定し、同対法失効と同時に新たに地域改善対策特別措置法(昭和五七年三月三一日法律第一六号。以下「地対法」という。)が施行された後も、これに基づく地域改善対策事業の一環として、中小企業に係る融資事業を実施するため、要綱を存続させている。その内容は別紙に記載のとおりである。 2 原告らは、一般に「湯の沢」と呼ばれる地区(以下「湯の沢地区」という。)に居住し、現に社会的身分差別を受けている中小企業者であって、原告小池は建材業を、同倉嶋は建築業をそれぞれ同地区において営んでいる。湯の沢地区は同和地区、即ち「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」(同対法・地対法各一条にいう「対象地域」)であり、原告らは要綱がその第2項に定める融資対象者としての要件をすべて満たしている。 3 原告らは昭和五九年二月二〇日、要綱の定める手続に従い、新潟県知事から申込みの受理等の権限の委任を受けている被告に対し、新潟県知事宛の融資あっせん申込書・保証申込書その他の必要書類を提出して融資あっせんの申込みをした(以下「本件申込み」という。)。 4 ところが被告は、湯の沢地区が要綱にいう「同和地区」ではないとの理由からこれを不受理処分(以下「本件不受理処分」という。)とした。 5 よって、原告らは被告に対し、本件不受理処分の取消しを求める。 二 請求の原因に対する認否 1 請求の原因1、3、4の各事実を認める。 2 同2のうち、原告らが湯の沢地区に居住し、主張の各職業を営んでいることは認めるが、湯の沢地区は要綱に定める同和地区ではないから、原告らは要綱第2項にいう融資対象者ではない。 三 被告の主張 1 湯の沢地区がいわゆる同和地区であることは争わないが、要綱にいう「同和地区」ではなく、原告らには本件申込みの資格がない。理由は以下のとおりである。 2 要綱にいう「同和地区」とは、同和地区、即ち当該地方において一般に同和地区であると考えられている地区そのものを指すのではなく、対象地域(同対法・地対法各一条)、即ち「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」を意味する。 3 ところで国は、対象地域を把握するため、次のような方法で全国同和地区調査を実施していた。  (一)国(総理府〈ないし総務庁〉及び関係各省庁)は同対法に基づく同和対策事業を、また地対法施行後はこれに基づく地域改善対策事業(以下両者を併せて「対策事業」という。)を実施するため、都道府県知事を通じ、市町村長に対して地域の実態等の調査を委託する。  (二)市町村長はこれに応じて、都道府県知事を通じ、国に対して調査資料と対策事業計画を提出する。  (三)国はこれによって地域を把握し、対策事業を実施する(市町村長が右調査資料と対策事業計画を提出することを「地区指定申請」といい、国がこのようにして該当地域を把握することを「地区指定」という。)。国は昭和四六年六月一日及び昭和五〇年六月一日をそれぞれ法施行日として調査を実施し、その後も随時補完していた。 4 要綱は対策事業を実施するため制定されたものであるから、そこにいう「同和地区」とは対象地域を指し、したがって地区指定のされていることが「同和地区」として扱われるための要件であると解される。そこで新潟県は、要綱にいう「同和地区」を「国が昭和五〇年六月一日を基準日として実施した全国同和地区調査及びその後の補完調査により該当地域として把握されている地区」を意味するものとして運用している。 5 ところが、湯の沢地区は右の地区指定を受けていない。したがって右地区は要綱にいう「同和地区」に該当せず、原告らには融資対象者としての資格が欠けることが明らかである。なお湯の沢地区について地区指定の申請がされていないのは、地区指定されることについて地域住民の反対があるからである。 6 仮に被告が本件申込みを受理して県知事に進達すべきものであるとしても、県側では本件の申請は申請資格のない者からされた申請として却下すると言っているのであるから、結局本件の申請は却下されるべき運命にあり、よって本件不受理処分を取り消すまでの実益はない。 四 被告の主張に対する認否及び原告らの反論 1 被告の主張1、2は争う。「いわゆる同和地区」「要綱にいう同和地区」「対象地域」及び「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」はすべて同義語である。 2 同3は認める。 3 同4は争う。 4 同5のうち湯の沢地区が昭和四六年以降の全国同和地区調査による地区指定を受けていないことは認めるが、その余は争う。 5 同6の主張は争う。 6 要綱にいう「同和地区」とは文字どおり同和地区を指すのであって、地区指定を受けていることが要綱の適用を受けるための要件であると解すべきではない。ある地区について地区指定がされた場合、当該地区は同和地区として確認されたことになるからそれが同和地区であることを改めて示さなくても対策事業を受けることができるが、地区指定にそれ以上の意味はない。地区指定がされていなくても当該地区が「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」であると確認されるなら、当該地区にも対策事業が実施されなければならない。仮にそうでないとすると、地区指定がない限り、たとえそれが市町村長の正当な意図に基づくものであっても対策事業が実施されないという不合理な結果を招く。ちなみに東京都・神奈川県などの幾つかの自治体では、地区指定されていない同和地区に対しても対策事業が実施されている。 7 仮に地区指定されていることが対策事業を行うための要件だとしても、神林村は昭和四二年二月に国が実施した全国同和地区実態調査に対し、「湯の沢地区は同和地区である」として世帯数・人口・職業等を具体的に挙げて報告した。昭和四二年の実態調査は同和地区の実態調査として最も包括的なものであり、その後の全国同和地区調査の根幹をなすものであるから、昭和四二年の実態調査に応答した時点で当該地区は同和地区として把握され、その後の調査に応答しなくてもその地位は変更されない。したがって湯の沢地区は既に地区指定がされているものというべきである。 8 仮にそうでないとしても、当該地区が同和地区であると判断される限り、被告は同対法・地対法及び県条例一一条、一四条に基づいて地区指定の申請をすべき法的義務を負っているのであり、申請するかどうかが被告の裁量に委ねられているわけではない。被告は湯の沢地区が同和地区であることを熟知しながら、地区指定されると対策事業の実施を余儀なくされることや、地区指定が同和解放運動に積極的な効用をもたらすことを恐れ、いわゆる「寝た子を起こすな」論に基づいてあえて地区指定の申請を怠っている。自ら不当な動機・目的により地区指定されていない状態を作り出しておきながら、それを理由に原告らの利益を妨げようとする被告の態度は著しく信義則に反する。 第三 証拠 記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。 理 由 一 請求の原因1、3、4の各事実及び同2の事実のうち、原告らが湯の沢地区に居住し、主張の各職業を営んでいることは、いずれも当事者間に争いがない。 二 要綱が同対法に基づく同和対策事業を実施するため制定され、地対法施行後はこれに基づく地域改善対策事業を実施するため存続していること(請求の原因1)は当事者間に争いがないから、要綱にいう「同和地区」とは同対法・地対法各一条にいう対象地域、即ち「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」を意味すると解される。ところで、被告の主張(事実欄三)は要するに、湯の沢地区が「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」、即ちいわゆる同和地区であることを明らかに争うものではなく、ただ同地区は地区指定を受けていないので対象地域ではないと主張するに過ぎないと解されるから、湯の沢地区が「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」であることは被告において自白したものとみなされる。また、湯の沢地区が「同和地区」であるとの点を除き、原告らが要綱第2項に定める各要件を満たしていることも被告において明らかに争わないから、これについても同様である。 そこで、「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」であっても地区指定を受けなければ対象地域とはいえない(したがって要綱にいう「同和地区」ではない)との被告の主張の当否を検討する。当裁判所は、右主張は相当でなく排斥すべきであり、湯の沢地区は要綱にいう「同和地区」に該当すると判断する。その理由は以下のとおりである。 1 同対法・地対法のいずれにも、地区指定されることがそこでいう「同和地区」として扱われるための要件であるとする旨の文言はない。 2 同対法・地対法は「すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念にのっとり」(同対法・地対法各一条)解釈されなければならない。かかる観点からすれば、およそ「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」にあって要綱の定める要件を満たしている者に対しては当然対策事業が実施されるべきであり、地区指定がされていないという形式的理由によってその実施を拒否するのは明らかに相当でない。 3 成立に争いのない甲第十五号証(総理府編『同和対策の現況』)及び乙第一〇号証(「全国同和地区調査の実施について」と題する通達)によれば、全国同和地区調査の目的は、同和地区の実態及び地方公共団体の対策事業に関する計画を把握し、今後の対策事業のあり方を検討するとともにその推進を図るための基礎資料を収集することにあると認められる。したがって、対象地域の範囲を確定し、地区指定のされない地域を対象地域から除外することが同調査の目的に含まれるとは到底考えられない。 4 地区指定(全国同和地区調査)の目的は前項で認定のとおり対策事業に関する計画の策定、対策事業のあり方の検討及び対策事業の推進等であって、対策事業は対象地域に対して行われるものであり、対象地域に対し地区指定がされなければならないものではない。対象地域は同対法・地対法上の用語であるのに対し、地区指定の概念及び用語は同対法・地対法その他の法令上存在しない。もっとも、対象地域であるか否かの判断が必ずしも容易ではないため、地区指定の有無によって画一的に処理することに合理性があるとの見解もあり得るが、市町村長は当該地域が対象地域であるか否かを日常的に判断し得る程度には地域の実態を把握していると考えられ、右見解は採用できない。要綱において融資あっせんの申込みは直接県知事に対してするのではなく市町村長を経由してなすべきものと定められているのは、かかる考慮に基づくものと解されるし、仮に右判断をすることが市町村長においても困難であるとすれば、地区指定の申請を市町村長に対して求めること自体が困難な作業となる。したがって、地区指定は、それがあれば対象地区であることが推定され、逆になければ対象地区でないことが推定される程度の意味は有するものの、それ以上の効力があるとは解し難い。 5 被告は「湯の沢地区について地区指定の申請がされていないのは、地区指定されることについて地域住民の反対があるからである」と主張する。地域住民の反対の有無はさておき、仮に地区指定されていることが要綱にいう「同和地区」として扱われるための要件であると解したうえ、地域住民の反対があれば地区指定(申請)をしないという扱いをすることにすれば、地域住民の意思によって対策事業を実施するか否かが決定されることになる。しかし、そのような運用が合理的であるとは考えられない。なぜなら、地域住民の意思といっても決して単一のものではなく、「歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域」において現に社会的身分差別を受け、対策事業の実施を求める少数者が存在する場合に、これを求めようとしない多数者の意思を優先させて少数者の救済を制度上拒否することは「すべての国民に基本的人権の享有を保障する日本国憲法の理念」(同対法・地対法各一条)に反するからである。 6 成立に争いのない乙第十一号証(高木正『同和問題と同和団体』)には「政府が同和地区というのは『歴史的社会的理由により生活環境等の安定向上が阻害されている地域』(地域改善対策特別措置法)として、いわゆる『対象地域』あるいは『対象地区』として指定され、同和対策事業を行っているところをいうのである」と記載されており、また証人藤沢健二は被告の主張に沿う供述をする。しかし、いずれも自己の結論を述べるのみであって、そのように解すべき根拠には全く触れていないから、検討の対象としない。 7 その他、地区指定のされていることが要綱にいう「同和地区」として扱われるための要件であると解すべき根拠は、何ら見出すことができない。 三 被告は、仮に本件申込みを受理・推薦しても、県側はこれを不適法なものとして却下する旨を言明しているから、所詮本件の申請は却下されるべきものであり本件不受理処分も取り消す必要はないと主張するが、右主張も失当である。前記のとおり被告が要綱に定める申込みの受理等の権限を県知事から委任されていることは当事者間に争いがないから、被告が受理した申込みを県知事が却下するとは限らないのみならず、仮に被告の推薦を受けた申込みを県知事が却下したとしても、改めてその段階で右却下処分が司法審査の対象になり得るものであって、いずれにせよ本件不受理処分を取り消して要綱に定める手続を履行させることには十分な法律上の利益が認められるからである。 四 以上の事実及び判断によれば、本件不受理処分について被告の主張するところはいずれも理由がなく、その取消しを求める原告らの本訴請求には理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。 新潟地方裁判所第一民事部  裁判長裁判官 吉崎 直彌  裁判官    西野 喜一