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令和6年（ワ）第23号 ウェブページ削除等請求事件
- 原告: 部落解放同盟新潟県連合会 外3名
- 被告: 宮部 龍彦 外1名
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# 準備書面4

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新潟地方裁判所第一民事部合議係 御中
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令和8年5月18日

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- 被告: 宮部 龍彦
- 被告: 示現舎合同会社
- 上記代表社員: 宮部 龍彦
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被告らは、令和8年2月26日付け原告第6準備書面（以下「原告第6準備書面」という。）、同日付け原告第7準備書面（以下「原告第7準備書面」という。）及び同日付け訴えの変更申立書(3)に対し、さいたま地判令和7年12月17日（令和5年（ワ）第2913号・甲48。以下「さいたま判決」という。）が本件に及ぶ範囲、原告部落解放同盟新潟県連合会（以下「原告新潟県連」という。）の任意的訴訟担当の当否、訴えの変更申立書(3)の及ぶ範囲、並びに甲48号証ないし甲81号証の証明力について、以下のとおり反論する。

なお、被告らの基本的主張は、答弁書、準備書面1、準備書面2及び準備書面3で述べたとおりである。被告らは、原告第6準備書面及び原告第7準備書面により新たに補充された点、訴えの変更申立書(3)への答弁、並びに甲48号証ないし甲81号証の証明力に関する点について、以下のとおり述べる。

## 第1 主張の要旨

1 本書面は、原告第6準備書面、原告第7準備書面、訴えの変更申立書(3)、及び甲48号証ないし甲81号証に対する反論である。主な争点は、さいたま判決が本件に及ぶ範囲、個人原告ごとの具体的対応関係、原告新潟県連の任意的訴訟担当及び業務遂行権、追加記事(29)及び(30)の扱い、並びに仮執行宣言の相当性である。

2 さいたま判決は本件裁判所を拘束せず、控訴中で確定していない。また、同判決を参照するとしても、重視されるべきは、削除及び公表禁止の範囲は人格権を侵害する表現行為に対応する範囲に限定されるという原則である。個人原告と各

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記事・各動画との具体的対応関係を欠いたまま、新潟県内記事全体の削除及び公表禁止を認めることはできない。なお、さいたま判決自身も、削除及び公表差止めについて仮執行宣言を付していない。

3 原告新潟県連についても、規約、綱領、活動実績、大会決議又は構成員の合理的的意思という一般的事情だけでは、任意的訴訟担当に必要な具体的授権は認められない。人格的な利益は本人ごとに判断されるべき利益であり、私的団体が構成員、非構成員、地域住民、出身者又は親族等の利益を包括代表することはできない。業務遂行権論によっても、この不足は補えない。

4 乙25-4及び乙31ないし乙39からも、原告新潟県連を地域住民全体の法的代表者として扱う前提はない。原告らが自らの請求の根拠として行政資料、公刊資料及び団体資料を用いながら、被告らが同じ分野を論じると違法な暴露であるとする二重基準も採用できない。

5 訴えの変更申立書(3)は、文面上、請求の趣旨第1項について記事目録4に(29)及び(30)を追加するものにとどまる。追加記事についても、原告新潟県連の請求権限、個人原告らとの具体的対応関係、動画本体の内容及び削除範囲はいずれも明らかでない。

6 甲48号証ないし甲81号証によっても、原告らの主張は支えられない。これらは、個々の原告と個々の表現との具体的対応関係、原告新潟県連への具体的授権、又は同原告自身の業務遂行権侵害を立証するものではない。

7 削除及び公表禁止に仮執行宣言を付すことも相当でない。記事又は動画の削除、公表禁止が先行すれば、上級審の判断を待たずに被告らの表現活動が現実に制約され、その不利益は容易に回復しない。

## 第2 さいたま判決は本件請求を支えないこと

### 1 さいたま判決は控訴中・未確定であり、本件を拘束しない

さいたま判決は、本件と同種の事案についての一地方裁判所判決であるにとどまり、本件裁判所を拘束するものではない。

また、さいたま判決は控訴中であり、確定していない。同判決には、論理だけでなく、審理のあり方自体にも問題がある。とりわけ、同判決が、同事件の記事1以外の各記事について、個人原告との個別の結び付きを十分に認定しないまま、同一カテゴリー内の記事一覧性、通し番号、サムネイル、閲覧者が芋づる式に各記事を閲覧する誘因等から一括して削除及び公表禁止を認めた部分は、個別の検討を欠く判断である。

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したがって、同判決の認容部分、特に、同事件の個人原告を基点として同事件の記事全体について削除及び公表禁止を認めた部分は、本件の広範な請求を支える規範として用いることはできない。

原告らは、さいたま判決のうち、個人原告を基点として同事件の記事全体の削除及び公表禁止を認めた部分を強調している。

しかし、同判決は、原告解同埼玉県連の請求をいずれも棄却し、任意的訴訟担当、団体固有の差別されない権利、業務遂行権侵害をいずれも認めなかった。原告らは、この点を十分に扱っていない。

### 2 さいたま判決を用いるなら、団体請求棄却部分も同じく参照されるべきである

原告らは、さいたま判決のうち自らに有利な個人原告部分を引用し、原告新潟県連に不利な団体請求棄却部分については、別の主張により結論を変えようとしている。

しかし、同じ甲48を本件で参考にするのであれば、同判決が原告解同埼玉県連の任意的訴訟担当を否定し、さらに業務遂行権侵害も否定した点を無視することはできない。

さいたま判決は、原告解同埼玉県連について、構成員から黙示又は明示の訴訟追行の授権があったとはいえないとした。また、当事者識別情報秘匿制度が整備されていることも踏まえ、任意的訴訟担当を認める合理的必要性も否定した（甲48・18頁以下）。

この判断は、本件の原告新潟県連にも妥当する。

### 3 さいたま判決の原則部分こそ本件に妥当する

さいたま判決は、削除及び公表禁止の範囲について、まず、人格権に基づく請求である以上、原則として人格権を侵害する表現行為に対応する表現の範囲に限定されると述べている（甲48・27頁）。

この原則は当然である。

削除請求及び公表禁止請求は、被告らの過去及び将来の表現活動を直接制約するものである。したがって、どの原告の、どの権利が、どの記事又は動画のどの部分により侵害されたのかが具体的に特定されなければならない。

抽象的に「同じカテゴリーにある」「通し番号がある」「芋づる式に閲覧され得る」というだけで、具体的な権利侵害を離れた広範な削除及び将来公表禁止を認めることはできない。

この点は、表現行為の差止めに関する最高裁判例からも明らかである。最大判昭和61年6月11日（昭和56年（オ）第609号・民集40巻4号872頁。以下「北方ジャーナル事件」という。）は、公共的事項に関する表現の自由を特に重要な憲法上の権利と

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位置付け、表現行為に対する事前抑制は、憲法21条の趣旨に照らし、厳格かつ明確な要件の下でのみ許容されるとした。

本件の公表禁止請求は、被告らの将来の表現行為を直接制約するものである。しかも、本件各記事及び各動画は、同和行政、地域史、地誌、地方行政及び人権行政に関する公共的事項を含む。したがって、少なくとも、対象表現ごとに、表現内容、公共性、真実性又は相当性、権利主体、侵害利益及び回復困難な損害を具体的に検討しないまま、同一カテゴリーや一覧性だけを理由として広範な将来公表禁止を認めることはできない。

### 4 同判決の認容部分は個別の検討を欠き、同一カテゴリーだけから一括削除を認めるものではない

さいたま判決は、抽象的に「曲輪クエスト」というカテゴリーに属するから当然に違法であるとか、同じカテゴリーだから当然に一括削除できると判断したものではない。

同判決は、まず同事件の記事1について、個人原告の現在の住所地が記事対象地域であり、同記事に掲載された5枚の写真に、異なる角度から個人原告の自宅が写り込んでいることを認定した（甲48・別紙2）。

その上で、同記事が、個人原告が「被差別」部落とされる地域に居住すること又はこれを推知させる情報を含むと判断した。

つまり、さいたま判決は、個人原告と特定記事との直接的な結び付きを前提としている。この前提を欠いたまま、さいたま判決の結論だけを本件に移すことはできない。

さらに、さいたま判決が、記事1以外の記事についてまで一括して削除及び公表禁止を認めた部分は、同判決自身が示した「人格権を侵害する表現行為に対応する表現の範囲に限定される」との原則と整合しない。同判決は、各記事ごとに、個人原告との関係、掲載写真、記載内容、閲覧者に与える情報、既公知性及び秘匿意思を具体的に検討したものではない。原告らが本件で援用しているのは、まさにこの個別の検討を欠く拡張部分であり、本件裁判所がこれを採用すべき理由はない。

## 第3 原告第6準備書面への反論

### 1 原告第6準備書面は個人原告の請求範囲を過度に拡張するものである

原告第6準備書面は、さいたま判決を根拠として、個人原告らが、自らの居住する自治体又は自己に直接関係する地域の記事だけでなく、新潟県下の「被差別」部落に関する記事全体について削除等を求めることができると主張するものである。

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しかし、この主張は、さいたま判決の結論部分を過度に抽象化し、本件の個別事情を離れるものである。

個人原告による請求である以上、まず、個人原告ごとに、どの表現によってどの人格的利益が侵害されたのかが問題となる。

2 個人原告ごとの具体的対応関係が必要である

人格権侵害、プライバシー侵害、差別を受けずに平穏に生活する利益の侵害は、抽象的な属性や地域一般について判断されるものではない。

本人がどの地域に居住しているのか、どの地域とどのような関係を有するのか、当該情報がどの程度公知であるのか、本人が何を秘匿したいと考えているのか、記事又は動画のどの部分に本人を推知させる情報があるのかによって、個別に判断されるべきである。

原告らは、さいたま判決が認めた削除範囲を新潟県内全体へ広げようとする。しかし、原告らがまず主張立証すべきことは、個人原告1、個人原告2及び個人原告3のそれぞれについて、どの記事又は動画のどの部分が、どの人格的利益を侵害するのかを具体的に示すことである。

この特定を欠く請求は、削除及び公表禁止の範囲を判断する前提を欠く。

インターネット上の情報削除についても、最三小決平成29年1月31日（平成28年（許）第45号・民集71巻1号63頁）は、検索結果の削除について、当該事実を公表されない法的利益と検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量し、前者が優越することが明らかな場合に限り削除を求め得るとした。

検索結果の削除でさえ、このような個別比較衡量を要する。まして、本件は、検索結果ではなく、ウェブ記事及び動画そのものの削除と将来公表禁止を求めるものである。個人原告ごと、記事又は動画ごと、表現部分ごとの具体的対応関係が不可欠である。

3 個人原告1及び個人原告3については、特に具体的結び付きが不明である

本件では、個人原告2について、原告らは自宅の写り込み等を主張している。

これに対し、個人原告1及び個人原告3については、各記事のどの記載、どの写真、どの映像が、両名のどの人格的利益を侵害するのかが明確ではない。

特に、同じ姓が多い、地域と一定の関係がある、同和問題に関わる活動歴がある、という程度では、個人原告本人に関する人格権侵害又はプライバシー侵害は認められない。

さいたま判決を前提にしても、まず特定記事が個人原告本人に結び付く情報を含むことが必要である。本件でその前提を欠く部分について、県内記事全体の削除及び公表禁止を認める余地はない。

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4 新潟県内記事全体への拡張は過大である

原告らの主張を認めれば、個人原告のうち一人について特定記事との関係が認められるだけで、その個人原告とは直接関係のない新潟県内の多数の記事及び動画まで、一括して削除及び公表禁止の対象となる。

しかし、そのような構成は、個人の人格権に基づく救済の範囲を超える。

人格権侵害に基づく救済は、侵害された権利主体と侵害表現との対応関係を基礎として認められるべきである。

ある個人原告に関する記事と、別の市町村、別の地域に関する記事とは、対象地域、掲載時期、写真、映像、文章、文脈、閲覧者に与える情報が異なる。これらを一括して「新潟県内記事」として扱い、全体の削除・将来禁止の対象にすることは、救済範囲として明らかに広範にすぎる。

5 「一覧性」や「芋づる式に各記事を閲覧する誘因」は、個別の権利侵害を代替しない

原告らは、同一カテゴリー、通し番号、サムネイル、インターネット上の拡散性、閲覧者が芋づる式に各記事を閲覧する誘因を強調する。

しかし、これらは、具体的な権利侵害を発生させる要件ではない。権利侵害が特定された後に救済範囲を検討する一事情にとどまる。

一覧性や閲覧可能性それ自体は、個々の原告の人格権侵害を発生させるものではない。

まず、どの原告について、どの記事又は動画のどの部分が権利侵害に当たるのかが特定されなければならない。その特定を欠いたまま、サイト構造だけを理由に県内全記事の削除を認めることはできない。

6 原告らの主張には、述べる者による二重基準がある

原告らは、自らの請求の根拠として、原告新潟県連の規約、組織、活動実績、大会資料、行政資料、団体資料等を用いて、同和行政、部落解放運動、人権行政及び地域との関係を主張立証しようとしている。

しかし、被告らが、同和行政、部落解放運動、地域史、公刊資料又は行政資料に基づいて地域を論じると、原告らはこれを一括して「晒し」又は違法な暴露であると評価する。

このような基準は採用できない。民事上の違法性は、誰が述べたかだけで決まるものではない。表現内容、文脈、対象者、既公知性、公共性、具体的権利侵害の有無及び救済範囲の相当性によって判断されるべきである。

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原告ら又は原告らに近い主体が述べる地域情報は許され、被告らが述べる地域情報は許されないという基準は、表現の自由及び法的安定性の観点から採用できない。

7 動画については、特に具体的特定が必要である

本件請求には、ウェブ記事だけでなく動画も含まれている。

動画は、文章、静止画像、映像、音声、字幕、編集、時間的流れを有する表現である。したがって、ウェブ記事と同一視することはできない。

原告らが動画の削除及び公表禁止を求めるのであれば、どの動画の、どの秒数の、どの映像、音声又は字幕が、どの原告のどの権利を侵害するのかを具体的に示す必要がある。

動画そのものが十分に証拠化されないまま、ウェブ記事と同内容であるとの要約だけで、動画全体の削除及び将来公表禁止を認めることはできない。

第4 原告第7準備書面への反論

1 任意的訴訟担当には具体的授権が必要である

(1) 当事者能力と任意的訴訟担当は別問題である

法人でない社団に当事者能力が認められる場合でも、そのことと、同団体が構成員又は地域関係者の人格的利益を包括代表して削除請求及び将来公表禁止請求をすることができることとは、別の問題である。

民事訴訟法29条は、代表者又は管理人の定めがある法人でない社団又は財団が、その名において訴え、又は訴えられることができると定めるにとどまる。

これは、団体自身に帰属する権利義務について当事者となる能力を認める規定である。団体が、構成員、非構成員、地域住民、出身者等の人格的利益を当然に代表することまで認めるものではない。

また、給付の訴えにおいて、自ら給付請求権を有すると主張する者に形式的な原告適格が認められるとしても、それは、その者に実体法上の請求権があること、又は他人の権利について任意的訴訟担当者となることを意味しない。最三小判平成23年2月15日（平成21年（受）第627号・裁判集民236号45頁）も、給付の訴えにおける原告適格について、給付請求権を有すると主張する者に原告適格があるとしたにとどまる。

したがって、仮に原告新潟県連が給付の訴えとして形式的に原告適格を有すると整理されるとしても、それだけで、原告新潟県連に実体法上の削除請求権又は公表禁止請求権があることにはならない。また、構成員又は地域関係者の人格的利益について、任意的訴訟担当として訴訟追行できることにもならない。

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したがって、問題は、原告新潟県連に団体としての当事者能力があるかではない。

ここで問われるのは、原告新潟県連が、構成員等の個人専属的な人格的利益に基づく削除請求権及び公表禁止請求権について、任意的訴訟担当として訴訟追行できるだけの具体的授権を受けているかである。

(2) 任意的訴訟担当は例外であり、授権を要する

任意的訴訟担当は、本来の権利主体から訴訟追行権の授与があることを前提として、弁護士代理の原則及び訴訟信託禁止の趣旨を潜脱するおそれがなく、かつ、これを認める合理的必要性がある場合に限り、例外的に許容されるものである。

したがって、最初に確認すべきは、社会的望ましさや運動上の必要性ではない。

まず、誰が、どの権利について、どの範囲の訴訟追行権を、誰に授与したのかである。この授権が特定されない限り、任意的訴訟担当は成立しない。

特に本件のように、削除及び将来公表禁止という、表現行為を直接制約する請求をする場合には、授権の有無及び範囲は厳格に判断されるべきである。

抽象的な団体目的や社会運動上の代表性だけで、他人の人格権に基づく表現差止請求を追行できるとすれば、私的団体による表現規制を広く認めることになる。そのような構成は採用できない。

(3) 人格的利益は財産的利益と同じようには扱えない

任意的訴訟担当が認められた事例の多くは、組合財産、不動産登記、債券の償還請求など、財産的又は客観的に特定しやすい権利を対象としている。

これに対し、本件で原告新潟県連が代表すると主張する利益は、人格的利益、プライバシー、差別を受けずに平穏に生活する利益である。

これらの利益は、誰にとって、どの情報が、どの程度秘匿すべきものかを個別に判断しなければならない。ある人にとっては公開を望まない情報であっても、別の人にとっては既に公知であったり、自ら公表していたり、訴訟で争うことを望まなかったりする場合がある。

人格的利益は、私的団体が一括して管理し、処分できる財産ではない。本人の沈黙や、原告新潟県連のいう「通常は望まないはずである」という推測を、訴訟追行権の授与に転換することはできない。

したがって、原告新潟県連が、規約、綱領、大会決議、活動実績を根拠として、構成員又は地域関係者の人格的利益を包括代表することはできない。

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(4) 部落問題に関する人格的利益について任意的訴訟担当を認めてはならない
本件で原告新潟県連の任意的訴訟担当を認めることは、裁判所が、特定の私的団体を「部落住民の代表」又は「部落出身者の代表」として承認し、構成員、非構成員、地域住民、出身者又は親族等の人格的利益を、本人の意思確認を経ないまま当該団体に行使させる仕組みを作ることである。
しかし、憲法13条は個人の尊重を定め、憲法14条は社会的身分による差別を禁じる。部落住民又は部落出身者は、団体に代表される存在ではなく、一人ひとりが独立した個人である。この領域でこそ、本人が訴訟を望むか、どの範囲で問題にするか、また沈黙を選ぶかという意思が尊重されなければならない。
本人の沈黙を、私的団体への授権に読み替えることはできない。まして、差別解消を名目として、本人の意思を離れ、個人を地域、出自又は歴史的身分に結び付け、その全体を特定団体に代表させることは、個人を集団的属性により把握するものであって、憲法13条及び14条の趣旨に反する。
そもそも、部落住民又は部落出身者を、一個の民族的又は血統的集団であるかのように扱うことはできない。歴史上の被差別身分のあり方は、地域、時代、職能、居住形態等によって多様であり、現代の個人を近世の特定身分と直線的に結び付けることはできない。これを確認しようとすれば、出身地、家系、住所歴、親族関係等を調査するほかなく、差別をなくす名目で、差別そのものが用いてきた身元調査を訴訟上再演することになりかねない。
民事訴訟における救済は、現在の具体的な人格的利益侵害に即して、本人ごとに判断されるべきである。先祖、地域名、歴史的由来又は行政上の同和地区概念を媒介として、現代の個人を一括して歴史的被害者集団に帰属させ、その全体を特定団体に代表させる発想は、本件の救済根拠にはならない。
したがって、部落問題に関する人格的利益について、任意的訴訟担当の法理を適用又は拡張してはならない。本件は、任意的訴訟担当を拡張すべき事件ではなく、むしろ、その限界を明確に示すべき事件である。
2 原告らが引用する最高裁判例は本件の根拠にならない
(1) 昭和45年判決は、組合財産に関する事案である
原告らは、最大判昭和45年11月11日（昭和42年（オ）第1032号・民集24巻12号1854頁。以下「昭和45年判決」という。）を引用し、包括的授権を根拠として任意的訴訟担当が認められると主張する。
しかし、同判決は、民法上の組合において、組合規約に基づき、業務執行組合

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員に組合財産を管理し、組合財産に関する訴訟を追行する権限が付与されていた事案である。
対象は組合財産であり、業務執行組合員には、実体上の管理権、対外的業務執行権と結びついた訴訟追行権が認められていた。
これに対し、本件で原告新潟県連が主張するのは、構成員等の人格的利益、プライバシー、差別されない利益に基づく削除及び将来公表禁止である。
これは組合財産の管理とは性質が全く異なる。人格的利益は、団体財産のように一つの管理者が包括管理する対象ではない。
(2) 平成6年判決は、入会団体と総有不動産に関する事案である
原告らは、最三小判平成6年5月31日（平成3年（オ）第1724号・民集48巻4号1065頁。以下「平成6年判決」という。）をもって、権利能力なき社団について包括的な訴訟追行が認められると主張する。
しかし、同判決は、入会団体が構成員全員の総有に属する不動産について総有権確認請求訴訟を追行できるか、また、団体の手続により登記名義人とされた構成員が登記手続請求訴訟を追行できるかが問題となった事案である。対象権利は、客観的に特定された不動産に関する権利であった。
入会団体、構成員、対象不動産、登記名義人とされる者、団体規約上の手続が、いずれも具体的に特定されていた。
しかも同判決は、団体的色彩の濃い総有不動産についてさえ、入会団体が敗訴した場合には構成員全員の総有権を失わせる処分をしたのと事実上同じ結果をもたらすことを踏まえ、規約等において不動産処分に必要とされる手続による授権を要求している。
本件はこれとは異なる。
原告新潟県連が代表するとされる権利主体の範囲自体が不明確である。構成員、非構成員、「被差別」部落に居住する一般人、ルーツを持つ者、親族、地域関係者が混在している。
対象権利も、不動産の登記のように客観的に一義的なものではない。個々人の秘匿意思、既公知性、居住歴、家族関係、対象表現との関係によって個別に判断される人格的利益である。
まして、本件の請求は、過去表現の削除にとどまらず、将来公表禁止を含む。判決効や和解、取下げ、請求放棄等の処分が本人の人格的利益に及び得る以上、平成6年判決を前提としても、抽象的な規約、大会決議又は活動方針では足りず、対象者、対象記事、対象動画、請求内容、訴訟追行権限及び処分権限を特定した授権が必要である。
平成6年判決を本件に類推することはできない。

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(3) 平成28年判決は、債券管理会社による財産的請求の事案である
原告らは、最一小判平成28年6月2日（平成26年（受）第949号・民集70巻5号1157頁。以下「平成28年判決」という。）及び最高裁判所調査官による同判決の判例解説（甲49）を引用し、黙示の包括的授権が認められると主張する。
しかし、同判決は、外国国家が発行した円建て債券に係る償還等請求について、債券管理会社が債券保有者のために訴訟を提起した事案である。
そこでは、債券、管理委託契約、授権条項、目論見書等の文書、債券購入に伴う受益の意思表示、銀行である債券管理会社の法的規制、公平誠実義務及び善管注意義務が存在していた。
対象は財産的請求であり、主張立証も定型的であった。
これに対し、原告新潟県連は、銀行のような法令上の監督・規制に服する債券管理会社ではない。
構成員又は地域関係者との間に、管理委託契約に相当する客観的な授権条項もない。
さらに、本件は償還金の支払請求ではなく、人格的利益を根拠とする削除及び将来公表禁止である。
平成28年判決を本件に類推することはできない。
(4) 豊前火力発電所判決の趣旨こそ本件に妥当する
むしろ本件に妥当するのは、地域の代表者又は地域の利益の擁護者であると主張する者が、地域住民の利益に基づく差止請求を追行しようとしても、地域住民本人らからの授権が認められなければ任意的訴訟担当に当たらないという最二小判昭和60年12月20日（昭和56年（オ）第673号・裁判集民146号339頁、判時1181号77頁。以下「豊前火力発電所判決」という。）の趣旨である。
原告新潟県連の主張は、私的団体が「構成員」「地域住民」「ルーツを持つ者」「一般人」等の人格的利益を包括代表し、地域全体に関する記事及び動画の削除・公表禁止を求めるというものである。
この構成は、権利主体本人からの具体的授権を欠く地域代表訴訟にほかならない。
したがって、最高裁判例の流れから見ても、本件で原告新潟県連の任意的訴訟担当を認めることはできない。

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3 本件では授権が特定されていない
(1) 被担当者の範囲が不明確である
原告第7準備書面は、ある箇所では原告新潟県連の構成員の権利をいう一方、別の箇所では、構成員ではない「被差別」部落に暮らす一般人、地域住民、ルーツを持つ者、家族・親族、属地的つながりを持つ人々への不安をいう。
しかし、任意的訴訟担当では、本来の権利主体が誰であるかを特定する必要がある。
原告新潟県連が誰の権利を訴訟上行使するのかが不明確であれば、授権の有無も、判決効の及ぶ範囲も、和解、請求放棄、請求認諾等の処分権限の範囲も判断できない。
構成員の権利を主張するのか。構成員ではない住民の権利も含むのか。現在の居住者だけなのか。過去の居住者や親族も含むのか。
原告らは、この基本的な範囲を明確にしていない。
仮に原告新潟県連が代表する対象を構成員に限るのであれば、非構成員を含む地域住民、出身者、親族又は地域関係者一般について、削除及び公表禁止を求めることはできない。逆に、非構成員を含む地域全体の利益をいうのであれば、その者らからの具体的授権が必要である。
原告らは、授権の場面では構成員や大会決議を根拠としながら、救済範囲の場面では非構成員を含む地域住民、出身者、親族、ルーツを持つ者等の不安を持ち出している。この使い分けは許されない。
この不明確性だけでも、任意的訴訟担当は認められない。
(2) 規約・綱領は具体的授権ではない
原告らは、解放同盟綱領、中央本部規約、新潟県連規約等を根拠として、構成員は加入時に部落差別解消のための裁判上・裁判外の活動を受け入れていると主張する。
しかし、団体の目的に賛同して加入したことと、自己の人格的利益に基づく削除請求権及び将来公表禁止請求権を団体に委ねたこととは別である。
規約や綱領は、団体の目的、組織、活動方針を定めるにすぎない。そこから、各構成員が、どの記事又は動画について、どの範囲で、訴訟追行権及び処分権限を原告新潟県連に与えたと読み取ることはできない。
特に、人格的利益に基づく請求では、本人が訴訟を望むか、望まないか、どこまで公開を問題にするか、地域名を裁判上さらに争点化することを望むか、和解に応じるかなど、本人の価値判断が不可欠である。

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これを加入時の一般的な規約承認だけで包括的に団体へ移したとみることはできない。

## (3) 大会決議は団体内部の意思決定にすぎない

原告らは、本件訴訟について定期大会や臨時集会で報告・決議がされ、構成員の多数決により、訴訟追行を原告新潟県連に委ねることが決定されたと主張する。

しかし、大会決議は、せいぜい原告新潟県連という団体内部の訴訟方針又は運動方針を示すものにすぎない。

個々の構成員が自己の人格的利益に基づく請求権を原告新潟県連に授権したことを示すものではない。

多数決は、団体内部の行動方針を決める手続であって、個々人に専属する人格的利益を団体に移す手続ではない。

欠席者、反対者、非構成員、又は本件記事と無関係の者についてまで、多数決により訴訟追行権及び処分権限が授与されたとみることはできない。

## (4) 「普通に考えても」「望む者は誰もいない」という推測は授権ではない

原告らは、構成員ではない一般人についても、自分の暮らす地域が「被差別」部落としてインターネット上に公開されることを「普通に考えても」「望む者は誰もいない」と主張する。

しかし、任意的訴訟担当は、推測では足りない。

誰も望まないはずだという原告らの一般論は、権利主体本人からの授権を代替しない。

ある人が当該記事の削除を望むかどうか、訴訟で地域名や関係資料がさらに取り上げられることを望むかどうか、原告新潟県連という特定団体に訴訟追行を委ねるかどうかは、それぞれ別の問題である。

原告らのいう「普通に考えても」「望む者は誰もいない」という推測は、法的な授権ではない。

むしろ、本人の意思を確認しないまま私的団体が人格的利益を包括代表することこそ、本人の意思を軽視するものである。

## (5) 判決効が及ぶ可能性があるからこそ、授権は厳格に確認されるべきである

原告らは、任意的訴訟担当が認められれば、民事訴訟法115条1項2号により判決効を構成員にも拡張できると主張する。

しかし、これは原告らの主張を強める事情ではない。むしろ、厳格な授権確認を必要とする事情である。

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判決効が本人に及び得るのであれば、なおさら、誰が、どの権利について、どの範囲で訴訟追行と処分を委ねたのかが明確でなければならない。

本人の明確な意思確認なしに、私的団体の大会決議や規約解釈だけで、人格的利益に関する判決効を構成員に及ぼすことはできない。

# 4 証拠上も、原告新潟県連を地域全体の法的代表者と扱う前提はない

## (1) 神林村湯ノ沢では、運動上の主張と住民多数の意思が一致していなかった

原告らは、原告新潟県連の活動実績や大会決議等を根拠に、構成員や地域関係者の合理的意思をいう。

しかし、過去の新潟県内の同和行政をめぐる経過をみても、原告新潟県連を含む解放同盟側の運動上の主張が、当然に地域住民全体の意思を代表するとはいえない。

乙25-4（月刊部落問題173号）によれば、解同神林支部の結成により新潟県連が組織されたとされ、神林村湯ノ沢は、原告新潟県連の組織形成において重要な位置を占めていた。同文献は、解同の機関紙等で「神林に学べ」「神林に続け」と宣伝されていたことも記載している。

しかし、同じ乙25-4によれば、新潟県神林村湯ノ沢において、昭和59年、解同に加盟していない住民の圧倒的多数から同和地区指定に反対する請願が村議会に提出され、同請願は賛成多数で採択された。また、平成2年3月の定例村議会前には、解同側からの要求により早朝に及ぶ集団交渉が行われ、村長が念書を書かされた経過が記載されている。さらに、同文献執筆当時、同地域の解同組織は6世帯に減少していたとも記載されている。

加えて乙25-4は、平成2年6月10日の原告新潟県連第17回定期大会の活動報告として、「神林闘争の勝利なくして、新潟県の部落解放運動はない」と述べられていたことを記載している。これは、神林村湯ノ沢をめぐる問題が、地域住民全体の意思の実現というより、原告新潟県連自身の組織的・運動的利害と密接に結び付いていたことを示す。

乙31（杉之原寿一『部落問題の解決 国民融合の視点から』）も、神林村において、「部落住民の約7割」が同和地区指定に反対する請願を村議会に提出し、これが採択されたこと、これに対して当時の原告新潟県連書記長が、指定に反対する人々について「逆に差別の厳しさを知っているから」と述べたことを記載している。

さらに、乙36（『部落』特別41巻9号・89ないし90頁）は、同じ神林村について、「同和地区住民の約7割」が同和対策事業に反対する請願を村議会に提出したことを記載し、これに対する原告新潟県連書記長長谷川均氏の発言として、同和

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地区指定に反対している人々は「逆に差別の厳しさを知っているから」などと説明した旨を紹介している。これは、乙31と関連する事実関係が別の公刊資料にも現れていることを示す。

これらの事実は、少なくとも、原告新潟県連を含む解放同盟側の運動上の判断と、地域住民多数の意思とが一致しない局面が現に存在したことを示す。したがって、原告新潟県連が「地域のため」「構成員等のため」と主張することから、各住民の具体的授権や合理的意思を推認することはできない。むしろ、原告新潟県連の活動実績を授権の根拠に読み替えることは、住民本人の意思を、特定団体の組織的利害に従属させる危険を有する。

## (2) 組織の存在や行政への影響力は、法的代表性ではない

乙32（『新潟県キリスト教史 下巻』）は、新潟県における解放同盟の支部結成経過を述べた上で、昭和61年に中条支部が結成されてからは、現在に至るまで足踏み状態であると記載している。

また、乙33（人権と部落問題695号）は、平成14年時点で新潟県同和教育研究協議会の加盟市町村教育委員会が41、県下市町村111のうち38％にとどまることを記載する一方、新潟県人権・同和センターについて、県当局の全面的支援、協力を得て発足し、解放同盟の影響力の強い団体により構成され、設立当初から半公的な性格を帯びるに至ったと記載している。

乙33はさらに、同センター主催の同和教育講座等の案内が県教委を通じて学校現場に出されていること、また、自治体から各種団体まで、人権・同和の取組状況調査等による介入や、講座、研修会、資料提供等を通じた組織化が予測されることを記載している。

これらは、原告新潟県連又はその周辺団体が、一定の運動上・行政上の影響力を有していたことを示すにとどまる。影響力があることと、個々の構成員、非構成員、地域住民、出身者又は親族の人格的利益について訴訟追行権を授与されていることとは、別の問題である。行政機関や教育機関を通じて影響力を及ぼし得る団体であるからこそ、その団体に地域住民一般の人格的利益を包括代表させることには、より慎重でなければならない。

## (3) 確認会等の活動実績は、包括代表の根拠にならない

乙34（部落45巻14号臨時増刊）は、平成4年から平成5年にかけて、原告新潟県連が小千谷西高差別事件、新潟真景をめぐる展示問題、三和村ゴルフ場開発をめぐる問題等について確認会を開催したことを記載している。とりわけ、新潟真景をめぐる展示問題では、第4回確認会の開催後、当局が「新潟真景」及びこれを掲

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載した市史を回収すると約束したとされる。また、三和村ゴルフ場開発をめぐる問題では、事業確認会の開催後、村長が同和行政の推進を約束したとされる。

乙35（部落解放研究64号「事業未実施地域の問題について」73ないし74頁）は、神林村湯ノ沢をめぐる運動側の報告として、村との交渉について「最終的には力だ」と述べられたことを記載している。

乙36（74ないし75頁、89ないし90頁）も、同和行政をめぐって「自由な意見の表明の困難」及び「行き過ぎた確認・糾弾行為」が問題とされていたことを記載し、さらに「行政が同調する姿勢を示さない場合は、糾弾に訴えるしかない」とする発言を紹介している。

確認会、交渉、行政要請、抗議その他の活動実績は、それ自体として公的機関、教育現場、歴史資料の取扱いに強い圧力を及ぼし得るものである。少なくとも、それらは運動上又は社会的活動上の事実であって、個々人の人格的利益に基づく削除請求権及び将来公表禁止請求権についての具体的授権を代替しない。

むしろ、歴史資料や市史の回収約束、学校や自治体に対する確認会、村長による同和行政推進の約束といった経過は、原告新潟県連側の活動が、構成員内部の意思決定にとどまらず、公的機関、教育現場、歴史資料の取扱いに及ぶものであったことを示す。本件で原告新潟県連に広範な削除請求及び将来公表禁止請求を認めれば、そのような活動実績を司法上の差止権限へ転化させることになる。

以上のとおり、乙25-4及び乙31ないし乙36からは、原告新潟県連を含む解放同盟側の活動が、地域住民全体の意思と常に一致するものではなく、行政機関や教育機関への働きかけとして展開されてきたことが分かる。これをもって、地域住民一般の法的代表性を推認することはできない。

# 5 合理的必要性も認められない

## (1) 提訴の負担は授権の不足を補わない

原告らは、個人が訴訟当事者となることには精神的負担や二次被害の危険があると主張する。

しかし、その主張は、任意的訴訟担当の授権を不要にする理由にはならない。任意的訴訟担当は、まず本人からの訴訟追行権の授与があることを前提に、その上で合理的必要性を検討する制度である。

心理的負担があるという一般論によって、本人の授権なしに私的団体が人格的利益を包括代表できるわけではない。

## (2) 本件では現に個人原告が存在する

本件では、現に3名の個人原告が訴訟当事者となっている。

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原告らは、個人が訴訟提起することは過酷であると主張する。しかし、本件は、少なくとも個人原告を立てることが制度上不可能な事案ではない。
また、当事者識別情報秘匿制度その他の現行制度も存在する。
被告らは、同制度の運用について別途争うべき点があると考えるが、少なくとも原告らが主張するように、個人原告を立てることが法的に不可能であるとか、団体による包括代表以外に方法がないという状況ではない。

## (3) 被告に対する非難や訴訟資料公開への不安は、任意的訴訟担当の要件を代替しない

原告第7準備書面は、被告宮部の行為を「悪質極まりない」などと評価し、訴訟記録の公開、動画、選挙ポスター等を挙げて、個人が当事者になる危険性を強調する。
しかし、被告に対する評価や非難は、任意的訴訟担当の要件を代替しない。原告らが、被告宮部による訴訟資料の公開等を問題にする場合でも、同じである。
本件で判断されるべきは、被告に対する感情的評価ではなく、原告新潟県連が、権利主体本人から、具体的な訴訟追行権を授与されているかである。
原告らは、当事者識別情報秘匿制度だけでは保護として十分でないことや、被告宮部が訴訟資料を公開していることを、原告新潟県連を当事者とすべき合理的必要性の事情として主張する。しかし、秘匿制度の限界や訴訟資料公開への不安は、個々の権利主体からの授権を不要にするものではない。
また、閲覧制限や秘匿決定は、裁判所における訴訟記録の閲覧等を対象とする手続であって、被告らの訴訟外の表現活動を当然に拘束するものではない。現に、令和6年12月27日付け閲覧等制限決定に対する被告宮部の特別抗告について、令和7年1月29日決定は、被告宮部は閲覧等の制限を受ける者ではなく、基本事件における当事者にすぎず、不服の利益を有しないとして、これを却下している。被告らに特定の行為を禁止しようとするのであれば、原告らは、民事保全又は本案請求において、禁止を求める行為、根拠となる権利及び必要性を具体的に特定すべきである。
したがって、被告宮部に対する評価、訴訟資料公開への不安、又は秘匿制度の限界を理由として、任意的訴訟担当を広げ、原告新潟県連に県内記事全体の削除及び将来公表禁止を求める地位を与えることはできない。

## (4) 「一体的・抜本的解決」は、権利主体の特定を不要にしない

原告らは、原告新潟県連を当事者とすることが、紛争の一体的・抜本的解決につながると主張する。

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しかし、民事訴訟は、便宜のみを理由として第三者の権利を一括して行使できる制度ではない。
一体的解決の必要性があるとしても、それは本来の権利主体からの授権を確認した上で初めて問題となる。
権利主体、授権範囲、対象記事、対象動画、処分権限が不明確なまま、抽象的な一体的解決を理由に任意的訴訟担当を認めることはできない。
原告らの理論を認めれば、特定の地域、属性、思想、運動に関する表現について、私的団体が「関係者は望まないはずである」「団体が最もよく事情を知っている」と主張するだけで、個々人の人格的利益を包括代表し、広範な削除及び将来公表禁止を求めることができることになる。
任意的訴訟担当の法理は、本人の権利を本人の意思から切り離し、私的団体の訴訟戦略に吸収するための制度ではない。

# 6 業務遂行権論によっても、任意的訴訟担当の不足は補えない

## (1) 原告らの業務遂行権論は、実質的には構成員の人格権の包括代表である

原告第7準備書面は、任意的訴訟担当のほか、原告新潟県連自身の業務遂行権、さらに構成員の人格権を内包する業務遂行権を主張する。
しかし、構成員の人格権を団体の業務遂行権に「内包」させるという構成は、任意的訴訟担当で必要とされる授権を回避して、結局、構成員又は地域関係者の人格的利益を団体が包括的に主張するものにすぎない。
名称を「業務遂行権」と変えても、個人に帰属する人格的利益を団体が当然に管理処分できないという問題は解消されない。

## (2) さいたま判決も業務遂行権侵害を否定している

さいたま判決は、原告解同埼玉県連について、被告の行為は同県連の本来予定された活動の契機となるものであり、同県連がこれに対処することはまさに業務そのものといえるとして、直接的な業務遂行権侵害を否定した。
また、構成員の人格権を内包する業務上の権利侵害についても、法人の従業員に対する配慮義務を前提とした平成20年東京高決とは事案が異なるとして否定している（甲48・22ないし23頁）。
本件でも同様である。
原告新潟県連の活動目的が部落差別解消であるとしても、被告らの表現に対し、反論、抗議、行政要請、啓発、訴訟対応を行うことは、原告新潟県連の本来的活動である。
これをもって、原告新潟県連自身の削除請求権又は将来公表禁止請求権を認めることはできない。

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## (3) 東京高決平成20年7月1日は本件と前提を異にする

原告らは、東京高決平成20年7月1日（平成20年（ラ）第181号・判タ1280号329頁、判時2012号70頁）など、法人の業務遂行権に関する裁判例を引用し、構成員の人格権侵害を原告新潟県連の業務遂行権侵害として構成しようとする。
しかし、その種の事案は、多数回の架電、面談強要、業務従事者への直接的圧迫など、法人の業務遂行そのものに対する直接的・継続的妨害が問題となった事案である。
同決定も、業務遂行権に基づく差止めを、権利行使としての相当性を超え、法人の資産の本来予定された利用を大きく害し、従業員に受忍限度を超える困惑又は不快を与え、業務に及ぼす支障の程度が著しく、かつ、事後的な損害賠償では回復困難な重大な損害が発生すると認められる場合に限っている。
本件はそれとは異なる。
原告新潟県連の構成員や地域関係者は、会社の従業員のように、法人の業務遂行過程に組み込まれた者ではない。構成員の人格的利益を団体の業務遂行権に内包させることは、会社と従業員の関係を、私的団体と構成員・地域住民との関係にそのまま当てはめるものである。
これを認めれば、任意的訴訟担当の要件を満たさない団体でも、「業務遂行権」という名目により、構成員や地域関係者の人格的利益を包括代表できることになる。
そのような構成は採用できない。

# 第5 訴えの変更申立書(3)について

## 1 訴えの変更申立書(3)の及ぶ範囲

原告らは、令和8年2月26日付け訴えの変更申立書(3)により、請求の趣旨第1項について、訴状別紙記事目録4「原告部落解放同盟新潟県連合会及びその構成員（同盟員）に関する記事等」に、同申立書別紙記載の(29)及び(30)を追加するとしている。
被告らは、同申立ての趣旨及び理由を争う。
まず、同申立ては、その文面上、請求の趣旨第1項、すなわち削除請求に関する記事目録4への追加に限られる。したがって、同申立てにより、請求の趣旨第2項の公表禁止請求の対象が当然に拡張されるものではない。また、個人原告らの損害賠償請求又は原告新潟県連の損害賠償請求の基礎となる対象表現が当然に拡張されるものでもない。
さらに、追加先は訴状別紙記事目録4である。記事目録4は、原告新潟県連及びその構成員に関する記事等として整理されている目録であって、個人原告らに関する

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記事目録1ないし3とは別である。したがって、同申立てにより、個人原告らの請求対象が当然に拡張されるものでもない。
仮に原告らが、追加記事(29)及び(30)を、請求の趣旨第2項の公表禁止請求、個人原告らの損害賠償請求、又は原告新潟県連の損害賠償請求の基礎としても用いる趣旨であるならば、原告らは、対象となる請求、対象となる原告、侵害されるとする権利、及び請求原因上の位置付けを明確にすべきである。

## 2 追加記事(29)及び(30)についても、原告新潟県連の請求権限は認められない

前記第4で述べたとおり、原告新潟県連は、構成員、非構成員、地域住民、出身者又は親族等の人格的利益を包括代表して、削除及び公表禁止を求める地位を有しない。
訴えの変更申立書(3)は、追加記事が新潟県長岡市川口和南津に関するものであることを述べるが、同地域に関係する誰が、どの記事又は動画について、どの人格的利益を侵害されたのかを特定していない。また、当該地域に関係する住民、出身者、親族又は構成員が、原告新潟県連に対し、削除請求権又は公表禁止請求権の訴訟追行を具体的に授権したことも示していない。
原告新潟県連が、同和行政又は部落差別解消を目的とする活動を行っているとしても、その活動実績は、長岡市川口和南津に関係する個々人の人格的利益についての具体的授権を意味しない。
したがって、追加記事(29)及び(30)についても、原告新潟県連は、任意的訴訟担当として削除又は公表禁止を求めることはできない。

## 3 追加記事と個人原告らとの具体的対応関係は主張されていない

訴えの変更申立書(3)は、追加記事(29)について、長岡市川口和南津、八郎場、小林姓、喜多村姓、渡し場、墓地、古村等に関する記載があると主張する。
しかし、同申立書は、追加記事(29)又は(30)が、個人原告1、個人原告2又は個人原告3のいずれの、どの人格的利益を、どの記載、写真、映像又は音声により侵害するのかを具体的に主張していない。
同申立書が述べる内容は、地域史、地誌、公刊資料、現地の地理、姓、渡し場、墓地等に関するものであり、それ自体から個人原告ら本人に関する人格権侵害又はプライバシー侵害が導かれるものではない。
仮に原告らが追加記事(29)及び(30)を個人原告らの請求にも関係させる趣旨であるならば、原告らは、個人原告ごと、記事又は動画ごと、表現部分ごとに、具体的対応関係を明らかにすべきである。

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4 追加記事(29)についての原告らの評価は、歴史・地誌に関する表現の違法性を直ちに示すものではない
訴えの変更申立書(3)は、追加記事(29)が「同和地域を特定することを企図したもの」であり、「部落差別を拡散・助長する」と評価する。
しかし、原告らのこの評価は、記事の具体的な違法性を示すものではない。
追加記事(29)には、『北魚沼（新潟県文化財調査年報）』、『川口町史』等の公刊資料に言及する部分、渡し場、古村、地形、道、墓地、姓、地域の伝承等を扱う部分が含まれている。これらは、地域史、地誌、民俗、交通史、土地利用史に関する表現であり、同和行政、地域史及び地方行政に関する公共的関心事項に属する。
原告らは、記事が「晒す」ものであると評価するが、そのような評価だけで、記事全体の削除又は将来公表禁止が認められるわけではない。削除又は公表禁止を求めるのであれば、どの記載又は写真が、どの原告又はどの権利主体のどの権利を侵害するのかを具体的に示す必要がある。
また、追加記事(29)には、「差別された村」といった伝承は全く残っていなかったとの記載もある。少なくとも、記事全体を一括して、差別を助長する目的の表現であると断定することはできない。
さらに、乙37ないし乙39のとおり、新潟県内の同和地区等は、新潟県教育委員会の教育年報及び部落問題研究所の公刊研究誌において扱われてきた。少なくとも、行政資料や公刊研究資料に現れた地域史、地誌又は教育行政上の情報を踏まえて地域を論じる表現を、原告らの「晒し」という評価だけで違法とすることはできない。
5 追加記事(30)の動画については、動画本体の内容が立証されていない
訴えの変更申立書(3)は、追加記事(30)として、動画サイトJINKEN.TV内の「#327 長岡市川口和南津八郎場」を追加している。
しかし、甲77号証の2として提出されているのは、有料動画のページ又は動画プレイヤー画面のスクリーンショットにすぎない。動画本体の映像、音声、字幕、編集内容、時間的流れ、どの場面で何が述べられているかは、証拠上明らかにされていない。
動画は、静止画像、文章、音声、映像、字幕、編集及び時間的流れを有する表現であり、ウェブ記事と同一視することはできない。
原告らが動画全体の削除又は公表禁止を求めるのであれば、動画そのものを証拠提出し、どの秒数のどの映像、音声又は字幕が、どの原告又はどの権利主体のどの権利を侵害するのかを具体的に示す必要がある。

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動画本体の内容が立証されないまま、動画全体の削除及び将来公表禁止を認めることはできない。
6 小括
以上のとおり、被告らは、訴えの変更申立書(3)の趣旨及び理由を争う。
仮に同申立てに基づく訴えの変更が許されるとしても、その範囲は、文面どおり、請求の趣旨第1項の削除請求に関する記事目録4への追加に限られる。
同申立てにより、請求の趣旨第2項の公表禁止請求、個人原告らの損害賠償請求、又は原告新潟県連の損害賠償請求の対象が当然に拡張されるものではない。
また、追加記事(29)及び(30)についても、原告新潟県連の任意的訴訟担当及び業務遂行権に基づく削除請求は認められず、個人原告らとの具体的対応関係も明らかでない。したがって、追加記事(29)及び(30)に関する原告らの請求は、いずれも理由がない。

第6 甲48号証ないし甲81号証について
1 甲48号証ないし甲81号証は原告らの請求の根拠にならない
原告らは、原告第6準備書面及び原告第7準備書面に関連して、甲48号証ないし甲80号証を提出し、さらに甲81号証を提出している。
しかし、これらの証拠は、いずれも、原告らの主張する広範な削除請求、公表禁止請求、原告新潟県連の任意的訴訟担当、又は原告新潟県連の業務遂行権侵害の根拠になるものではない。
各証拠の成立に関する認否は別途述べる。以下、これらの証拠の証明力について補充して述べる。
2 甲48号証ないし甲50号証について
甲48号証は、さいたま判決である。甲48号証自体は、さいたま地方裁判所の令和7年12月17日判決、事件番号は令和5年（ワ）第2913号である。
しかし、同判決は本件裁判所を拘束しない地方裁判所判決であり、しかも控訴中で確定していない。また、同判決は、原告らが強調する個人原告部分だけでなく、原告解同埼玉県連について、任意的訴訟担当、団体固有の差別されない権利及び業務遂行権侵害をいずれも否定している。したがって、さいたま判決は、本件において新潟県内の記事及び動画全体の削除又は公表禁止を認める一般法理を示すものではなく、本件の追加記事(29)及び(30)や原告新潟県連の任意的訴訟担当の根拠になるものでもない。
甲49号証は、最一小判平成28年6月2日に関する最高裁判所調査官の判例解説である。しかし、同判決は、債券管理会社による債券保有者のための財産的請求に関す

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る事案である。本件のように、人格的利益、プライバシー、差別を受けずに平穏に生活する利益に基づく削除請求及び公表禁止請求に、そのまま及ぶものではない。
甲50号証は、意見書である。同意見書は、部落差別一般又は各地の調査結果に関する意見を述べるものにすぎず、本件各記事及び各動画のどの部分が、どの原告のどの権利を侵害するのかを直接立証するものではない。また、原告新潟県連への具体的授権や、同原告自身の業務遂行権侵害を立証するものでもない。
3 甲51号証、甲52号証及び甲66号証について
甲51号証は、人権教育・啓発に関する基本計画であり、甲52号証及び甲66号証は、法務局による説示に関する資料である。
しかし、行政上の基本計画や法務局の説示は、民事訴訟上の削除請求権、公表禁止請求権、損害賠償請求権又は任意的訴訟担当の直接の根拠になるものではない。
法務局の説示は、裁判所の判断ではなく、被告らに対する法的拘束力を有する確定判決でもない。行政機関の見解をもって、本件各記事及び各動画の具体的違法性を代替することはできない。
本件で判断されるべきは、あくまで、各原告のどの権利が、どの表現により、どの範囲で侵害されたかである。行政上の方針又は説示は、その具体的判断を不要にするものではない。
4 甲53号証ないし甲56号証、甲63号証及び甲64号証について
甲53号証ないし甲56号証、甲63号証及び甲64号証は、解放同盟の組織、綱領、原告新潟県連の大会資料、議事録、役員体制等に関する資料である。
しかし、これらは、団体の存在、活動方針、内部意思決定又は役員体制を示すにとどまる。
これらの資料は、誰が、どの記事又は動画について、どの範囲の削除請求権、公表禁止請求権、和解、請求放棄その他の処分権限を原告新潟県連に授与したのかを示すものではない。
特に、甲55号証及び甲56号証が原告新潟県連の大会資料又は議事録であるとしても、それは団体内部の運動方針又は訴訟方針を示すにとどまる。多数決による団体内部の意思決定は、個々人に専属する人格的利益を団体へ移転し、又は団体に包括代表させる手続ではない。
したがって、これらの証拠によっても、原告新潟県連の任意的訴訟担当は認められない。
5 甲57号証及び甲58号証について
甲57号証は他事件の仮処分決定及び新聞記事であり、甲58号証は被告宮部又は被告示現舎が運営するウェブサイト等に関する資料である。

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しかし、他事件の仮処分決定は、疎明に基づく暫定的判断であり、本件裁判所を拘束するものではない。また、他府県に関する仮処分又は新聞報道は、本件各記事及び各動画の具体的違法性、原告新潟県連の任意的訴訟担当、又は新潟県内記事全体の削除範囲を当然に支えるものではない。
甲58号証も、被告らのサイト構造又は一覧性を示す資料にすぎない。サイト構造、カテゴリー、一覧表示又はサムネイルは、個別の権利侵害を代替しない。どの原告について、どの表現が、どの権利を侵害するのかが具体的に特定されなければならない。
6 甲59号証ないし甲77号証について
甲59号証ないし甲77号証は、主として、被告宮部の投稿、ウェブサイト、スクリーンショット、第三者の動画場面、追加記事等に関する資料である。
しかし、これらの資料は、いずれも、その前後の文脈、表現全体、対象となる公共的論点との関係を離れて評価することはできない。投稿やスクリーンショットの一部を切り取って、被告らの表現全体を「悪質」と評価しても、本件各記事及び各動画の具体的違法性や、広範な削除・公表禁止の必要性は認められない。
また、原告らは、甲75号証等により、訴外佐藤哲広氏の行為を被告らに結び付けようとしている。しかし、訴外佐藤氏は被告ではない。第三者の独立した言動について、被告らが指揮、命令、依頼又は共同して行ったことは立証されていない。「感化された」という原告らの評価は、法的な因果関係又は共同不法行為の根拠になるものではない。
甲77号証の1及び2については、前記第5で述べたとおり、訴えの変更申立書(3)の対象となる追加記事及び動画ページである。しかし、これらによっても、追加記事(29)及び(30)について、どの原告のどの人格的利益が、どの記載、映像、音声又は字幕により侵害されたのかは明らかでない。
7 甲78号証ないし甲81号証について
甲78号証ないし甲81号証は、個人原告ら又は原告新潟県連関係者の陳述書である。
しかし、これらの陳述書には、陳述者の主観、評価、推測又は伝聞が含まれている。陳述者が不安や負担を感じていることと、原告新潟県連に任意的訴訟担当を認めることとは、別の問題である。
本件では、現に3名の個人原告が訴訟当事者となっている。個人が訴訟当事者となることに負担があるという一般論は、権利主体本人からの具体的授権を不要にするものではない。また、被告宮部に対する評価や非難は、原告新潟県連が構成員、非

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構成員、地域住民、出身者又は親族等の人格的利益を包括代表する根拠にはならない。

さらに、陳述書は、各個人原告と各記事・各動画との具体的対応関係を当然に示すものではない。特に、個人原告1及び個人原告3については、裁判所からも、記事との具体的関連性について補充主張又は立証の検討を求められている。陳述書によっても、県内記事全体の削除及び公表禁止を認めることはできない。

甲81号証についても、原告新潟県連側の受け止め、評価及び活動上の必要性を述べるものにとどまる。原告新潟県連への具体的授権、個別記事の違法性、追加記事(29)及び(30)と個別権利主体との対応関係、又は同原告自身の業務遂行権侵害を直接立証するものではない。

8 小括

以上のとおり、甲48号証ないし甲81号証によっても、原告第6準備書面及び原告第7準備書面の主張は支えられない。

甲48号証ないし甲81号証は、部落差別一般、行政上の方針、他事件、団体内部資料、投稿、第三者の言動、陳述者の主観等を示すにとどまる。

これらの証拠によっても、原告新潟県連の任意的訴訟担当、原告新潟県連自身の業務遂行権に基づく削除請求、個人原告らによる新潟県内記事全体の削除請求、又は追加記事(29)及び(30)に関する削除・公表禁止請求は認められない。

第7 仮執行宣言を付すべきではないこと

原告らは、本件訴訟において仮執行宣言を求めている。

しかし、削除及び公表禁止に仮執行宣言を付すべきではない。

記事又は動画の削除は、一度実行されれば、上級審で被告らが勝訴したとしても、本案確定前の時点で表現行為に対する制約が既に発生している。将来公表禁止に仮執行宣言が付されれば、被告らは、本案確定前から、同和行政、地域史、地誌、人権行政、部落解放運動等に関する表現活動を著しく制約されることになる。

原告らが援用するさいたま判決も、削除及び公表差止めについて仮執行宣言を付すことは相当でないとしている。

本件各記事及び各動画は、同和行政、地域史、地誌、地方行政、人権行政、団体活動、行政資料、公刊資料等に関する公共的事項を含む。これらについて、未確定判決に基づく削除又は将来公表禁止を先行させることは、表現内容に関する終局判断が確定しない段階で、被告らの表現活動、取材活動、出版活動及び政治活動を制約するものであり、相当でない。

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したがって、仮に原告らの請求の一部が認容される場合であっても、削除及び公表禁止について仮執行宣言を付すべきではない。

第8 結語

以上のとおり、さいたま判決は本件裁判所を拘束せず、同判決を参照するとしても、削除及び公表禁止の範囲は個別の人格権侵害に対応する範囲に限定されなければならない。個人原告らとの具体的対応関係を欠いたまま、新潟県内記事全体の削除及び公表禁止を認めることはできない。

原告新潟県連についても、構成員等の人格的利益を包括代表する任意的訴訟担当は認められず、業務遂行権論によってその不足を補うこともできない。訴えの変更申立書(3)による追加記事(29)及び(30)についても、同原告の請求権限、個人原告らとの具体的対応関係、動画本体の内容及び削除範囲はいずれも明らかでない。

甲48号証ないし甲81号証、乙25-4及び乙31ないし乙39を踏まえても、原告らの請求を支える個別の権利主体、個別の表現、個別の侵害、具体的授権又は業務遂行権侵害は立証されていない。

したがって、原告新潟県連が構成員等の権利を基礎として削除及び公表禁止を求める部分は、任意的訴訟担当としての訴訟追行権限を欠き、不適法である。仮に本案の問題として判断するとしても、同原告に、構成員等の人格的利益を包括代表して削除及び公表禁止を求める実体上の権利はない。

個人原告らの請求についても、各個人原告と各記事・各動画との具体的対応関係を欠く範囲では、削除及び公表禁止は認められない。追加記事(29)及び(30)に関する原告らの請求も理由がない。

さらに、仮に原告らの削除請求又は公表禁止請求の一部が認容される場合であっても、削除及び公表禁止について仮執行宣言を付すことは相当でない。

以上

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