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令和6年（ワ）第23号　ウェブページ削除等請求事件
- 原告:部落解放同盟新潟県連合会　外3名
- 被告:宮　部　龍　彦　　外1名
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# 準備書面7

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新潟地方裁判所第一民事部合議係　御中
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令和8年8月28日

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- 被告:宮　部　龍　彦
- 被告:示現舎合同会社
- 上記代表社員:宮　部　龍　彦
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被告らは、令和8年7月22日付け原告第9準備書面（以下「原告第9準備書面」という。）及び甲95について、以下のとおり認否及び反論をする。併せて、原告小池ユリ子に関する訴訟手続受継について述べる。

同年5月13日付け原告第8準備書面、同日付け訴えの変更申立書（4）、甲82ないし甲94及び同日付け準文書提出命令申立てに対する認否及び反論は、被告ら準備書面6に記載したとおりである。本書面では、その後に提出又は具体化された論点に限定する。

## 第1　主張の要旨

1　原告第9準備書面は、甲25の1、甲25の2及び甲43の各表現を一律に事実摘示として扱う。しかし、一つの記事又は動画の中にも、検証可能な事実的部分、取材対象者の発言の引用及びこれらを前提にした評価・論評が併存する。各表現の意味は、用語だけを切り出さず、出典の明示、前後の文脈及び一般読者の普通の注意と読み方に従って個別に判断すべきである。

2　甲25の1及び甲25の2は、公立学校、県教育委員会、公務員による生徒情報の取扱い及び情報公開手続を扱う。甲43も、公務員の職務、県立学校及び県教育委員会と民間団体との連携を論じるものである。関係団体が民間団体であることだけを理由に、これらの公共性を否定することはできない。

3　原告らが甲25の1について摘示事実とする「荒川高校だけではない　新潟県の教育界で相次ぐ糾弾」との記載の事実に関する中核部分、すなわち新潟県立荒川高等学校以外の新潟県内の学校でも同種の確認会及び質問が繰り返されたという点は、原告部落解放同盟新潟県連合会が発行した『部落解放第35回新潟研究集会報告集』（乙4）に、同原告側関係者の報告として具体的に記載されている。加えて、県教育委員会が開示した確認会関係文書（乙8の5。事案別の整理は乙19）にも、同校以外の少なくとも5件の事案について、同原告が関与する確認会等の経過が記録されている。各事例の経過及び県教育委員会の対応は、証人長谷川雅一の証言により明らかにする。

4　甲95は、対象表現と異なる時期及び文脈における動画から、原告らが一部を選択したものである。対象となっていない多数の裁判外動画の一部を抽出したことによって、各対象表現の掲載時における目的及び違法性が証明されることはない。甲95の4の見出し及び括弧内には原告ら代理人の評価が含まれており、発言そのものと区別されなければならない。

5　故小池ユリ子の損害賠償請求の承継と、同人自身の人格的利益に基づく削除及び公表禁止請求が同人の死亡後も存続するかという問題は別である。受継申立人ら自身の人格的利益に基づく新たな請求をするのであれば、請求及びその基礎事実を明示する必要がある。

## 第2　原告第9準備書面について

## 1　事実的部分と評価・論評を個別に判断すべきこと

1　最三小判平成9年9月9日（民集51巻8号3804頁）によれば、ある表現が事実の摘示か意見又は論評かは、一般読者の普通の注意と読み方を基準に、前後の文脈を含む表現全体から判断される。そして、証拠等をもって存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を、明示的又は黙示的に主張するものは事実の摘示に当たる。他方、証拠による証明になじまない価値、善悪又は優劣等に関する批評は、意見又は論評として検討される。

事実の摘示については、公共の利害に関する事実に係り、目的が専ら公益を図ることにある場合に、その重要部分が真実であれば違法性が阻却され、真実性を証明できなくても真実と信じるについて相当の理由があれば故意又は過失が否定される。意見又は論評についても、公共性及び公益目的を前提に、その基礎となる重要な事実の真実性又はこれを真実と信じた相当の理由を検討し、さらに、人身攻撃に及ぶなど意見又は論評としての域を逸脱したかを判断する必要がある。真実性による違法性阻却と、相当な理由による故意又は過失の否定とは区別されなければならない。

2　最一小判平成16年7月15日（民集58巻5号1615頁）は、法令の解釈又は適用に関する見解は、裁判所が法令を適用して結論を出し得るというだけで、当然に事実の摘示となるものではなく、基本的には意見又は論評に当たる旨を判示している。他方、その法的評価が、明示又は黙示に具体的な前提事実を伝える場合には、その前提事実を法的評価から分けて検討する必要がある。

3　被告らは、甲25の1、甲25の2及び甲43の全ての文言が純粋な意見又は論評であると主張するものではない。

会議の開催、出席者、質問又は要求の内容、行政文書の存在、情報公開手続の経過等には、証拠により存否を判断できる事実的部分がある。他方、「異常」、「糾弾」、「クレーマー」、「押し付けているようにしか見えない」、「おそらく」及び「脳裏に浮かんだ」といった表現には、開示された事実又は取材結果に対する評価、推論又は感想が含まれる。

4　取材対象者の発言を、発言者又は「関係者」の説明として明示して引用した部分についても、筆者が出典を示さず自己の直接体験として断定した文章とは、一般読者が受ける意味が異なる。

引用部分が一般読者に対して引用内容自体を事実として伝えるものと解される限り、その重要部分の真実性又は掲載時にこれを真実と信じた相当な理由が問題となる。出典の明示は、表現の意味及び取材経過を判断する一事情である。

5　したがって、原告らが用語を一括して「事実摘示」又は「論評の域を逸脱した表現」と評価するだけでは足りず、各表現について、その前提となる事実、出典、文脈、公共性、真実性又は真実と信じた相当な理由及び表現方法を検討すべきである。

6　なお、原告第9準備書面は、被告らが原告らの主張を「論評であることを前提とする主張」と誤解したと論難する。しかし、ある表現が事実の摘示か意見又は論評かは、当事者の主張の立て方によって決まるものではなく、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、裁判所が表現ごとに客観的に判断すべき事項である。被告らは、原告らが事実の摘示を主位的に主張していることを前提として、以下のとおり反論する。

7　公的な論争の当事者に対する批判と受忍の範囲

原告新潟県連は、同和教育及び同和行政という公共性の高い事項について、集会、機関誌及び確認会等により自ら公然と主張し、学校、教育委員会及び教職員組合を公然と批判する活動を組織的に行っている団体である。公共の利害に関する事項について自由に批判・論評を行うことは表現の自由の行使として尊重されるべきであり、目的が専ら公益を図るもので、前提事実の主要な点に真実の証明があるときは、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しない限り、名誉侵害の不法行為は違法性を欠く。最一小判平成元年12月21日（民集43巻12号2252頁）は、公立学校教師らの氏名等を記載し「有害無能な教職員」等の表現を用いたビラの配布について、通知表をめぐる混乱という公共の利害に関する事項の批判・論評であるとして、この枠組みにより違法性を否定した。また、公的な論争を互いに行う団体の間の批判・論評は公共性の極めて強い事項に当たり、表現の自由の濫用にわたる事情のない限り、専ら公益を図る目的に出たものとされる（最二小判昭和62年4月24日・民集41巻3号490頁の趣旨）。さらに、最一小判平成16年7月15日（民集58巻5号1615頁）は、相手方の著作を「ドロボー」「ドロボー本」と繰り返し記述し、泥棒の格好をした似顔絵まで用いた表現について、批判された側自身が相手を厳しく批判し、誹謗し、揶揄する表現を多数用いていたことなどに照らし、論評としての域を逸脱しないとした。互いに批判を応酬する当事者であることは、逸脱の判断において考慮される事情である。

しかも、原告新潟県連自身の言論は、被告らの表現より激しい。同原告が発行した報告集では、報告者が、生徒の自死事件について「大きく分けて県教委の責任、学校の責任、高教組の責任というのを強く訴えたいと思っています。ややもすると、殺人の首謀者と言いたいくらいです」と述べ（乙4・34頁及び35頁）、教育委員会、学校及び教職員組合を殺人の首謀者になぞらえる寸前の表現で公然と非難している。また、同じ報告集には、学校の管理職に対して同和地区出身の生徒を把握しているかを問いただした経過が繰り返し報告されている（乙4・31頁及び34頁）。

すなわち、同原告の運動の下では、同和教育の実施、同和地区出身の生徒の把握及び事案の報告という同原告の求める対応を欠いた学校及び教育行政に対し、生徒の死について「殺人の首謀者」という言葉を用いた非難までもが公然と向けられる。甲25の1が学校と同原告との関係を「異常な関係」と論じ、甲25の2が教職員の萎縮を報じたのは、まさにこの運動の在り方についてである。自らこの水準の批判的言論と働き掛けを公共の場で行う団体は、自己の公的活動に向けられた「クレーマー」「犯罪の片棒」といった批判的表現について、その分だけ広い受忍を求められる。この事情は、以下で個別に述べる各表現の違法性判断において考慮されるべきである。

## 2　甲25の1について

1　甲25の1のうち「解放同盟側の3人の男が教員に対して、ヤクザみたいに罵声を浴びせて質問して答えさせていました」との部分は、記事本文上、「関係者によれば」と出典を明示した上で、その関係者の説明を直接引用した部分である。

原告第9準備書面は、被告ら準備書面1の22頁に「ヤクザみたいな感じ」との記載があることをとらえ、被告らが記事にない表現に置き換えて反論していると論難する。しかし、同頁の記載は、被告宮部が取材源から聞き取った説明の内容（「本当にもうヤクザみたいな感じでした」との説明を含む。）を紹介したものであって、甲25の1の文言の引用として記載したものではない。被告らは、甲25の1の文言が上記のとおりであることを前提に反論する。「罵声を浴びせ」「質問して答えさせた」との部分は検証可能な事実に関する中核部分を含み、「ヤクザみたいに」との部分は、その態様を強く批判する比喩的評価である。後者は、原告新潟県連又はその構成員が反社会的勢力に所属するとの独立の事実を告知するものではない。その論評としての当否は、前者の真実性又は真実と信じた相当な理由を前提として判断される。

2　真実性と、記事掲載時に真実と信じた相当な理由とは、時点及び証拠を分けて検討すべきである。摘示された事実の重要な部分が真実かどうかは、事実審の口頭弁論終結時において客観的に判断すべきであり、行為の時点では存在しなかった証拠を考慮することも当然に許される。他方、真実と信じたことの相当な理由は、行為当時の行為者の認識内容が問題となるため、行為時に存在した資料に基づいて判断される（最三小判平成14年1月29日・裁判集民205号233頁）。令和5年2月3日、新潟県立荒川高等学校（以下「本件高校」という。）に関する確認会が開催され、原告新潟県連、県教育委員会及び学校関係者が出席したことは、乙1、乙8の5その他の資料から明らかである。同確認会における具体的な発言、声量、発言の反復、教員側の応答及び会議の進行については、当時県教育委員会の教育次長として出席した証人長谷川雅一の記憶及び直接見聞した範囲を証人尋問により確認した上で判断されるべきである。

他方、令和5年3月3日の掲載時における相当な理由は、その時点までに得た取材及び資料によって判断される。被告宮部は、掲載前に、当日の状況を知る関係者から、参加者、発言及び応答の推移について具体的な説明を受け、記事にもこれを「関係者によれば」と明示した上で掲載したと主張する。その説明は、確認会の日時及び参加者等の独立に確認できる事項並びに乙4に記載された他校での質問及び確認の事例と整合していた。被告宮部は、掲載前の令和5年2月7日に県教育委員会へ確認会関係文書の情報公開請求を行い、原告新潟県連にも問い合わせて取材を申し入れており、これらの経過は甲25の1自体に記載されている（甲25の1・8頁及び9頁）。この相当な理由については、記事の記載自体だけでなく、被告宮部本人の供述その他の証拠により、取材日時、方法、取材源が当日の状況を知り得た根拠、説明の具体性及び他資料との照合過程を明らかにした上で判断されるべきである。後日取得した乙8の5及び乙27並びに証人尋問は、実際に何があったかという真実性の判断資料とはなり得るが、掲載時の相当な理由を遡って基礎付けるものとして援用する趣旨ではない。

3　これに対し、甲79及び甲81は、いずれも原告側の陳述書である。

甲79の作成者である小池武志氏は、個人原告2本人であり、かつ原告新潟県連の書記長である。乙1の本件確認会次第によれば、同氏は本件確認会の「司会」を担当した。同氏は、学校が生徒の人数又は地区名を答えたこと、プライバシー情報を伝えたこと、罵声、脅し又は不当な質問があったことを否定する。

甲81の作成者である長谷川均氏は、原告新潟県連の代表者（執行委員長）である。乙1によれば、同氏は本件確認会において「問題提起」を担当した。同氏も、原告新潟県連側が罵声を浴びせ、生徒情報を答えさせた事実はないと述べる。

すなわち、両名はいずれも本件確認会において原告新潟県連側の進行及び発言を担った当事者本人又は団体代表者であって、中立の第三者ではない。しかも、両陳述書からは、各人の着席位置、出席時間、直接聞くことのできた範囲、個別の発言ごとの記憶の根拠及び伝聞の混入の有無がいずれも明らかでない。両陳述書の証明力は、これらの点を明らかにした上で、乙1、乙4、乙8の5、被告宮部の取材内容及び長谷川雅一証人の証言と対比して判断されるべきである。

4　甲25の1は、令和5年2月3日の本件高校における確認会の具体的な態様と、それ以前の他校を含む質問又は確認の事例とを併せて論じている。見出し及び冒頭部分が「この学校にいる同和地区出身者は何人だ」との質問を本件高校でされたものと読ませるかは、記事全体の文脈に即して判断されるべきであり、本件高校でされた質問と、同会で過去又は他校の事例として言及された質問とを混同してはならない。この点も、証人長谷川雅一の証言により、質問の対象校、時期及び文脈を区別して明らかにする。

5　被告宮部の取材源を記事上「関係者」としたことだけで、取材内容の信用性又は掲載時の相当な理由が当然に認められるものではない。取材源の氏名を公表できない場合でも、被告宮部の供述等により、取材の時期及び方法、取材源が当日の状況を直接知り得た根拠、説明の具体性、反対事情の有無並びに他資料との照合過程を明らかにし、総合的に判断すべきである。

6　また、原告新潟県連側が、学校に対して同和地区から通う生徒を把握しているかを質問した事例及び学校側における同和地区出身の児童生徒の把握をめぐる事例は、原告新潟県連自身の刊行物に、その活動報告として記載されている（乙4）。

乙4は、平成30年10月6日、原告部落解放同盟新潟県連合会が発行した『部落解放第35回新潟研究集会報告集』である。同原告が主催する研究集会において報告された内容を、同原告自身が編集し、報告集として刊行したものであって、出席者個人の私的な記録ではない。同原告が、組織として共有すべき活動の報告として公表したものである。

したがって、以下に引用する各記載は、第三者による伝聞でも、被告らによる評価でもなく、原告新潟県連自身が公表した活動報告である。

また、乙4は平成30年に刊行されており、甲25の1の掲載（令和5年3月3日）及び甲25の2の掲載（同年9月11日）にいずれも4年以上先立つ。後日取得した乙8の5及び乙27とは異なり、掲載時に既に公表されていた資料であって、掲載時の相当な理由の判断資料となり得るものである。

乙4には、ある県立高校の確認会で管理職に対し「お宅の学校に同和地区から通っている生徒がいるはずですが、把握していますか。」と質問したこと（乙4・31頁）、県教育委員会の所管外である小学校で8人の児童を管理職及び加配教員が把握していたとの報告（同31頁）、本件高校でも「部落からうちの仲間がお邪魔してるはずです」として確認したところ、学校側が把握していなかったとの報告（同34頁）がある。

これらの記載は、原告側関係者自身が、学校における同和地区出身の児童生徒の把握をめぐり、質問、確認又は意見交換が行われたと報告していることを示す。甲25の1が取り上げた問題は、原告ら側の資料自体に基礎を有する。

なお、原告第9準備書面が引用する「このようなことが繰り返されている」との表現は、甲25の1の原文では「このような事が繰り返し行われていれば」という条件形であって、原告らの引用は正確でない。もっとも、同記事の冒頭には「少なくともここ10年」「何度も」との記載があり、後段にも「今に始まったことではない」「相次ぐ糾弾」との記載がある。反復性という事実的前提は、記事に列挙された複数の確認会、質問及び要求並びに乙4により基礎付けられる。

7　「荒川高校だけではない　新潟県の教育界で相次ぐ糾弾」との記載について

原告第9準備書面は、甲25の1の見出し「荒川高校だけではない　新潟県の教育界で相次ぐ糾弾」を独立の摘示事実として争う。同書面は、これを「新潟県連は荒川高校のみならず新潟県内の学校において同種の不当な方法を何度も繰り返している旨の事実の摘示」であるとする。さらに同書面は、後記8の記載についても、その直前に「日時・場所を明記する形で4個列挙した記載」があることを理由として事実摘示であると主張する。

しかし、本件高校以外の県立学校等においても、原告新潟県連が参加する確認会が開催され、同和地区出身の児童生徒の把握に関する質問又は確認が行われたことは、前記6のとおり、原告新潟県連自身が発行した報告集（乙4）に、その活動報告として具体的に記載されている。乙4・31頁は、村上桜ヶ丘高校について「私たちの仲間がお邪魔しています。ちょうど2回目の確認会の時です。管理職に、『お宅の学校に同和地区から通っている生徒がいるはずですが、把握していますか。』と言った」と報告し、同34頁は、本件高校についても同様の確認をしたと報告する。

したがって、当該見出しが摘示する事実に関する中核部分、すなわち本件高校以外の新潟県内の学校においても同種の確認会及び質問が繰り返されたという点は、原告新潟県連自身の刊行物によって裏付けられている。

この点は、原告ら側の刊行物にとどまらず、県教育委員会が保有していた行政文書によっても裏付けられる。被告宮部の情報公開請求により開示された確認会関係文書（乙8の5。事案別の整理は乙19、拡大開示後のものは乙29）には、本件高校の事案のほかに、県内の高校で発生した差別事象等に係る少なくとも5件の別事案（令和2年6月、同年11月、令和3年3月、同年7月及び令和4年9月に発生したもの）について、学校から県教育委員会への報告、確認会の開催及び総括に至る経過が記録されている。これらの文書には、県教育庁高等学校教育課が学校からの報告書を原告新潟県連へ情報提供する旨の文書（乙8の5・63頁、96頁、111頁及び137頁）、同県連の関係者が参加した確認会の報告及び確認会の案内（同67頁、71頁、99頁、124頁、130頁及び140頁）、並びに同県連の関係者が来校して事実確認及び情報共有を行い、生徒の同和教育の学習歴の確認が不十分であったことなどを指摘した経過（同90頁及び91頁）が含まれる。すなわち、本件高校以外の複数の学校においても、原告新潟県連が関与する確認会が繰り返し開催されていたことは、県教育委員会の行政文書自体から明らかである。

しかも、これらの事例が同原告の研究集会において報告され、報告集に収録されているということは、個々の出席者の偶発的な言動ではなく、同原告が組織として共有すべき活動として扱っていたことを示す。甲25の1が「解放同盟」を主語として論じた点は、この意味においても事実的基礎を有する。

各事例の具体的な経過、原告新潟県連側の要求の内容並びに県教育委員会及び県立学校の対応は、当時の県教育次長として職務上これを把握し得た立場にあった証人長谷川雅一の証言により明らかにする。被告らは、この点を令和8年8月23日付け尋問事項書第5として既に提出している。

8　「押し付けているようにしか見えない」との記載について

原告第9準備書面は、当該部分を「解放同盟が学校にトラブルを持ち込み、その責任を学校に押し付けているようにしか見えない」と引用する。しかし、甲25の1の原文は「いかがだろうか？　率直なところ、いずれも解放同盟が学校にトラブルを持ち込んで、それに対する責任を学校に押し付けているようにしか見えない。」であり、原告らの上記引用は、原文の冒頭の「いかがだろうか？　率直なところ、いずれも」との部分を省いたものであって、文言も正確でない。

原文は、「いかがだろうか？　率直なところ」という筆者から読者への呼びかけに始まり、「ようにしか見えない」と結ばれている。すなわち、直前に列挙した複数の事例を読者に示した上で、それらについて筆者自身がどう見えるかを述べる形式であることが、文言自体から明示されている。一般読者の普通の注意と読み方を基準とすれば、当該部分は、証拠等をもって存否を決することが可能な特定の事項を主張するものではなく、先行して示された事実を前提とする意見又は論評の表明である。

原告らは、当該部分が4件の事例の列挙に続くことをもって事実摘示であると主張する。しかし、具体的事実を列挙した上で「率直なところ」「ようにしか見えない」と筆者の見方を述べるという構造は、事実と評価とを書き分けたものにほかならず、かえって当該部分が論評であることを示している。

さらに、当該論評が前提とする事実、すなわち、学校において生じた事態について、その責任を学校側に帰する言説が現に存在することは、原告新潟県連自身が発行した報告集（乙4）に現れている。

乙4・35頁には、原告新潟県連の側の出席者の発言として、次の記載がある。

> その苗字で入学してるわけですから、荒川高校で人権同和教育に取り組んだり、かかわる同和教育を積極的にやっていたりすれば、真っ先にこの子どもにかかわることができたはずです。なぜかかわれないのかということが、すごく悔しく残念に思います。

この記載は、原告新潟県連の側が、本件高校において「真っ先にこの子どもにかかわることができたはず」であるのにそうしなかったとして、同校の対応を非難していることを示す。すなわち、生じた事態の責任を学校側に帰する言説は、原告新潟県連自身の刊行物に現れている。

しかも、同発言は、当該生徒の苗字がその出自を推知させるものであることを前提として、学校がこれに気づき得たはずであると述べるものである。前記6及び7のとおり、原告ら側は、県立学校の管理職に対し同和地区出身の児童生徒を把握しているかを問い、把握していなかったことを「大きな問題」であると報告している（乙4・31頁）。

さらに、同じ報告は、本件高校の生徒の自死事案について、次のとおり述べている（乙4・34頁及び35頁）。

> 私は今回の自殺事件、死亡事件について、大きく分けて県教委の責任、学校の責任、高教組の責任というのを強く訴えたいと思っています。ややもすると、殺人の首謀者と言いたいくらいです。

これらを併せ読めば、原告ら側が、学校現場において児童生徒の出自を把握していることを当然の前提とし、これを欠いたことについて学校、県教育委員会等の責任を問う姿勢を、複数の県立学校について繰り返し示していたことが認められる。当該論評は、この事実を前提とするものである。

甲25の1の当該部分は、記事に列挙された複数の事例を前提に、これらが筆者にどう見えるかを述べた論評である。上記の記載に照らせば、当該論評がその前提とする事実を欠くということはできない。

9　甲25の1が扱うのは、県立高校における生徒の自死事案、県教育委員会及び学校の対応、民間団体が参加する確認会、同和地区出身の児童生徒に関する情報の把握及び取扱いである。これらは、公立学校の運営、生徒のプライバシー及び公務員の職務に関する公共的事項である。原告らも、公共の利害に関係する可能性自体は認めている。

しかも、記事が論じた原告新潟県連の活動は、同原告自身が研究集会において報告し、報告集として刊行して公表したものである（乙4）。同原告が自ら公表した活動を論評の対象とすることが、私事の暴露に当たる余地はない。

10　記事の客観的な題材及び構成、研究集会資料の具体的引用、関係者取材、原告新潟県連への取材申入れ並びに県教育委員会への情報公開請求という取材経過に照らせば、記事掲載の主要な目的は、上記の教育行政及び情報管理の問題を報じ、批判することにあった。取材経過の詳細は、前記5のとおり被告宮部本人の供述その他の証拠により明らかにする。原告第9準備書面の、被告らが原告新潟県連に対する反面取材を一切行わなかったとの主張は、甲25の1本文に記載された取材申入れの経過（甲25の1・8頁）と整合せず、失当である。

11　甲25の1のコメント欄における、第三者のコメントに対する被告宮部の令和5年9月2日付け「全くです！」との返信は、記事掲載から約6か月後の表現である。同返信は、同年3月3日の掲載時に被告宮部が有していた取材資料又は掲載目的を何ら示さない。また、複数の内容を含む長文コメントに対する短い返信であるから、原告らにおいて、いかなる文言又は趣旨への賛同として当該返信を問題とするのか、当該返信自体を独立の請求対象とするのかを特定されたい。

12　「ヤクザみたいに」との表現は強い比喩であるが、原告新潟県連又はその構成員が反社会的勢力に所属するという独立の事実を告知したものではなく、確認会における質問及び発言の態様を批判する文脈で用いられている。原告らの主張は、比喩による態様の批判を、団体の属性に関する事実摘示にすり替えるものである。

原告らが参考として引用する東京地裁令和4年11月17日判決は、原告らの説明を前提としても、根拠となる出来事を示さずに「人を貶めるようなヤ○ザの様な店長です」と人物の属性を断定した記載等に関する下級審の事例判断である。取材源の説明であることを明示してその内容を引用し、又は複数の具体的事例を列挙した上で筆者の見方を述べる甲25の1とは、表現の形式も前提の示し方も異なり、本件の判断を左右しない。

以上から、甲79及び甲81を含む現段階の書証により、甲25の1について名誉毀損による不法行為の成立を認めることはできない。確認会における具体的な発言の真実性は証人長谷川雅一の記憶及び直接見聞した範囲を確認した上で、掲載時の相当な理由は被告宮部の取材経過に関する供述その他の証拠を確認した上で判断されるべきであり、前者の重要部分が真実であるか、又は後者につき相当の理由が認められる場合には、不法行為は成立しない。

## 3　甲25の2について

1　甲25の2は、県教育委員会に対する情報公開請求、公開決定までの度重なる延長、第三者による審査請求及び執行停止という行政手続を中心に報じた記事である。記事には、公開決定通知その他の行政文書が掲げられており、その題材及び主要な目的は公共的なものである。

2　「教職員の間では、モンスターペアレント、苦情電話と並んで、部落解放同盟もクレーマーの1つという認識である」との部分には、教職員の認識に関する事実的要素と、「クレーマー」という評価的表現が含まれる。

「新潟県では〔中略〕関西から来た人間が焚き付けたのです」との部分は、記事上、下越地方で取材した元公務員の発言として直接引用されたものである。「おそらく新潟県の公務員の多くは〔中略〕面従腹背」との部分は、「おそらく」と明記された筆者の推論である。「『焚き付ける』という言葉が脳裏に浮かんでしまった」との部分も、筆者自身の連想又は感想であって、個人原告2の事業内容について検証可能な事実を断定する文言ではない。

被告らは、元公務員が実際に上記発言をしたという外形だけを真実性の対象とするものではない。引用部分が引用内容自体を事実として伝えると解される限り、その重要部分の真実性又は掲載時にこれを真実と信じた相当な理由が問題となる。令和5年9月11日の掲載時、被告宮部は、記事に掲載した公開決定通知その他の行政文書、既に公表されていた研究集会資料及び関係者への取材を相互に照合していたと主張する。この点も、被告宮部本人の供述その他の証拠により、取材時期、方法、取材対象者の直接知得根拠、説明内容及び行政文書等との照合過程を明らかにした上で判断されるべきである。後日取得した乙8の5及び乙27は、掲載時の相当な理由を遡って基礎付けるものとして援用する趣旨ではない。

3　原告らは、これらを全て検証可能な事実の断定として扱うが、各文言の出典及び表現形式を無視している。被告らは、記事に示した行政文書、研究集会資料及び複数の関係者からの取材を前提として、公務員と原告新潟県連との関係を批判的に論じたものである。評価及び推論の相当性は、上記の事実的基礎を踏まえて判断されるべきである。

4　甲25の2についても、原告新潟県連への取材を一切行わなかったとの主張は事実に反する。同記事には、原告新潟県連に何度も電話をしたがつながらなかったこと、支部を訪問したこと及び小池武志書記長本人に面会して質問しようとした経過が記載されている。

5　したがって、甲25の2の各表現は、公共的事項について、取材及び行政文書等を基礎として事実を報じ、又は意見及び論評を述べたものである。引用内容の重要部分が真実であるか、又は掲載時に真実と信じたことに相当の理由が認められる場合には、名誉毀損による不法行為は成立しない。この点は、記事の引用形式だけでなく、上記取材経過に関する証拠を確認した上で判断されるべきである。

## 4　甲43について

1　原告第9準備書面は、自治労及び原告新潟県連はいずれも民間団体であるから、両者の関係は公共の利害に関係しないと主張する。

しかし、甲43が論じるのは、県立学校及び県教育委員会の公務員による生徒の機微情報の取扱い、原告新潟県連が参加する確認会、並びに公務員を組織する労働組合と原告新潟県連との連携である。関係団体の法人格又は私的団体性ではなく、論じられた職務及び社会的事項の性質に照らせば、公共の利害に関する表現である。最一小判昭和56年4月16日（刑集35巻3号84頁）は、私人の私生活上の行状であっても、その者の社会的活動の性質及び社会に及ぼす影響等によっては公共の利害に関する事実となり得ることを示している。本件では、この判旨を私的団体一般へ直接拡張するのではなく、公教育及び公務員の情報管理という対象事項自体の公共性を基礎として判断すべきである。

2　原告第9準備書面が甲43について特定する対象表現は、「（原告新潟県連と連携することが）教職員のためになっていない」、「（原告新潟県連は）教職員に犯罪をやらせているような団体」及び「（原告新潟県連と）連携することは犯罪の片棒を担いでいるんじゃないかと思います」の3つの発言である。以下、これらについて述べる（発言の文言は原告第9準備書面の引用による。なお、甲43の2の反訳では「教職員に犯罪やらせるような団体じゃないですか、解放同盟は」等とされている。）。

3　このうち「教職員のためになっていない」との発言は、原告新潟県連と自治労との連携が公立学校の教職員にとって有益かどうかについての、被告宮部の評価である。有益か否かは、証拠等をもってその存否を決することが可能な特定の事項ではなく、物事の当否に関する批評であるから、意見又は論評の表明に当たる。

原告第9準備書面は、後続の発言と併せれば「原告新潟県連と連携することは教職員を犯罪に巻き込むことになる」旨の発言として理解されると主張する。しかし、これは原告らが後続発言の意味を先行発言に読み込むものにすぎず、一般視聴者の普通の注意と聞き方を基準とすれば、当該発言は連携の当否に関する評価として理解される。同発言が独立に原告新潟県連の社会的評価を低下させる事実を摘示するものではない。

4　甲43は「国家公務員」と述べるが、同動画で問題としている県立学校及び県教育委員会の職員は地方公務員である。公務員の区分に関する用語は正確でなく、一般視聴者には公務員の守秘義務一般に関する批判として理解される。

5　甲43の公開時には乙8の5を取得済みであった。同号証56頁には、学校が、原告新潟県連の協力を得て「在籍する生徒の抱える背景や状況の把握」に努めるとの方針が記載されている。同号証63頁には、新潟県教育庁高等学校教育課から原告新潟県連宛てに「学校からの報告書を情報提供します」と明記した文書があり、その別紙である64頁及び65頁には、生徒AないしCへの聞取り、教員による指導並びに各生徒の保護者への連絡及び説明の経過が時刻とともに記載されている。さらに、同号証90頁及び91頁には、原告新潟県連及び県教育委員会が参加して事実確認と情報共有を行い、生徒の入学前の学習歴の確認及び家庭訪問等が話題となった経過が記載されている。

すなわち、原告新潟県連が生徒の背景及び対応を扱う確認に参加し、教育行政側から同県連に対し、生徒への聞取り、指導及び保護者対応を含む学校報告書が提供されたという具体的な事実は、乙8の5により直接裏付けられる。乙19は、乙8の5の内容を被告側で整理した表である。

6　甲43の「教職員に犯罪をやらせているような団体」及び「犯罪の片棒を担いでいる」という表現は、上記の情報提供及び確認会における情報共有という具体的な事実を前提として、これを地方公務員法34条その他の法規に照らして評価した法的見解の表明である。

最一小判平成16年7月15日（民集58巻5号1615頁）が判示するとおり、法的な見解の正当性それ自体は証明の対象となり得ず、法的な見解の表明は、事実を摘示するものではなく、意見又は論評の表明の範疇に属する。裁判所が公権的判断を示し得る事項であることは、この区別を左右しない。

そして、当該法的見解の前提となる事実、すなわち公立学校及び教育行政から原告新潟県連へ生徒の背景及び学校対応に関する情報が提供・共有されていたという重要な事実は、前記5のとおり乙8の5により裏付けられる。甲43が扱う対象事項が公共の利害に関するものであり、その目的が公益を図ることにあることは前記1のとおりであるから、甲43について名誉毀損による不法行為は成立しない。

7　原告らは、乙27が、確認会に問題がなかったこと又は犯罪に該当する事実が存在しないことを明言したと主張するが、乙27の射程を超える。

乙27は甲43公開後にされた答申であるから、甲43公開時の相当な理由の根拠ではない。また、同答申は、差別事案の原因究明及び再発防止の目的外で団体に提供するなどの不適切な取扱いが行われている事実は認められなかったとしており、この点は被告らの見解に反する。情報公開審査会は、刑事責任又は地方公務員法34条違反の成否を終局的に判断したものではないが、同答申を犯罪成立の積極的証拠として用いることもできない。

他方、乙27は、対象文書に、生徒の差別事象、保護者とのやり取り及び指導内容等の詳細で機微な情報が記載されていたこと、確認会等において関係機関が率直な意見交換を行っていたことを認定している。さらに、確認会等で入手した情報について関係機関の間で外部に漏らさない旨の明示的な取決めがなく、より一層の情報管理の徹底が望まれると付言している（乙27・10頁）。この付言は、確認会等で機微情報が現に取り扱われながら、外部に漏らさない旨の取決めすらなかったことを前提とするものであり、情報の取扱いに関する被告らの問題意識（被告ら準備書面2）と方向を同じくする。

8　以上のとおり、甲43について公共性及び公益目的は認められる。原告らが特定する3つの発言のうち、「教職員のためになっていない」との発言は連携の当否に関する評価であり、「犯罪」及び「犯罪の片棒」に係る各発言は法的見解の表明である。その前提となる重要な事実は乙8の5により裏付けられている。したがって、甲43により原告新潟県連に対する名誉毀損の不法行為が成立する余地はない。

## 第3　甲95について

## 1　原告らの立証趣旨と本件争点との対応

1　原告らの証拠説明書は、甲95の1について「部落探訪」の収益化に関する発言、甲95の2について動画配信上の表現方法及び別人による全国部落調査の公開に関する発言、甲95の3について本件訴訟の裁判官交代後の審理に関する発言を、それぞれ立証趣旨としている。

原告第9準備書面が本件各対象表現との関係で具体的に引用しているのは主として甲95の1の収益化に関する発言である。他方、証拠説明書（9）は、甲95の2について「被告宮部が、『部落』とするとYoutubeチャンネルが配信できなくなることから、曲輪クエストとして学術的な解説を行う体裁を整えることを公言していることと、被告ら以外の者が全国部落調査を公開することは問題ない考えであることを公言していること等。」と、甲95の3について「（第2次全国部落調査裁判の口頭弁論期日を報告するYoutube動画において）新潟の裁判（本件訴訟）について、提訴時の裁判官が交代して慎重な対応になった旨を発言していること等。」と、それぞれ記載する。したがって、各枝番について、原発言の時点及び内容、甲95の4に付された見出し、原告らの評価並びにそこから本件各対象表現の目的又は将来の侵害のおそれを推認する過程を区別して検討する必要がある。

2　証拠の申出は証明すべき事実を特定してしなければならず（民事訴訟法180条1項）、裁判所は必要でないと認める証拠を取り調べることを要しない（同法181条1項）。したがって、甲95についても、各枝番をどの請求及び対象表現に用いるのか、どの時点のどの事実を、何分何秒のどの発言によって証明しようとするのかを区別して検討すべきである。

## 2　各動画の時系列及び証明力

1　原告らの証拠説明書上、甲95の1は令和5年6月28日、甲95の2は令和6年12月6日、甲95の3は令和8年2月25日作成の動画とされている。

甲95の1は、甲25の1の掲載日である令和5年3月3日より後であるから、甲25の1掲載時の目的を直接示すものではない。

他方、甲95の1は甲25の2の掲載前、甲95の2は甲43の公開前であるから、その時系列は踏まえる必要がある。しかし、いずれも別件訴訟の判決、全国部落調査、動画配信の方法又は今後の活動一般について述べた動画であって、甲25の2又は甲43について実際に行った取材、資料収集及び掲載目的を直接説明するものではない。その発言が動機を判断する一事情となり得るとしても、それだけで各対象表現が専ら収益又は私怨を目的としたと直ちに推認することはできず、その証明力は限定的である。

甲95の4の抜粋反訳に記載された「ちゃんと学術的なね、あの解説をするっていうていで」との発言は、同反訳によれば、YouTube上で「部落」という語を用いるとチャンネル停止のおそれがあるとの話に続き、同サービス上で採る配信方法を述べた文脈におけるものであり、同じ動画では、今後、全国の「えせ同和行為」を告発していく旨も述べている。「てい」との語から、被告らの学術的又は公益的目的が全て偽装にすぎないと評価することは、発言そのものではなく、そこからの推論である。甲95の2は甲43より前ではあるが、甲43は本件口頭弁論の経過並びに公立学校及び県教育委員会による生徒情報の取扱いを論じた裁判報告であり、曲輪クエストをYouTube上で配信する際の表現方法とは対象を異にする。

甲95の3は、甲25の1、甲25の2及び甲43のいずれよりも後に、本件とは別の訴訟の期日を報告した動画である。甲95の4の抜粋反訳に記載された本件訴訟への言及だけで、各対象表現の掲載時の目的又は違法性を直ちに認定することはできない。

2　被告宮部が、甲95の1の動画において、別件訴訟の判決を受けた今後の活動に関し、収益化に言及する趣旨の発言をしたこと自体は否定しない。もっとも、甲95の4の逐語反訳の正確性、抜粋の開始時刻及び前後の文脈は争う。個々の文言に関する認否は、原告らが要証事実及びこれに対応する具体的な発言箇所を特定した上で、追って明らかにする。

いずれにせよ、これらは別件判決と今後の部落研究、出版及び動画活動一般についての発言であり、甲25の1、甲25の2又は甲43の具体的な取材経過及び掲載時の主たる目的を説明したものではない。

収益化の意図が併存することだけで、直ちに専ら公益を図る目的が否定されるものでもない。新聞、雑誌その他の報道機関も、購読料及び広告収入を得る営利企業であるが、そのことによって個々の報道の公益目的が否定されるものではない。公益目的は、収益の有無ではなく、各対象表現の題材、掲載時までに収集した資料及び行った取材、掲載内容、掲載時点並びに表現方法に即して個別に判断されるべきである。甲25の2は、県教育委員会に対する情報公開請求、決定期間の延長及び執行停止を行政文書とともに報じ、原告新潟県連への電話、支部訪問及び小池書記長への質問を試みた記事である。甲43は、公務員による生徒の機微情報の取扱いを扱う。甲95の一般的な発言から各対象表現の目的を推認するには、これらの具体的な題材、資料及び取材経過との結び付きを検討しなければならない。

## 3　甲95の4は発言と原告らの評価を混在させていること

1　甲95の4は原告ら代理人が作成した抜粋反訳である。動画全体の反訳ではなく、原告らが選択した部分のみを掲載している。

2　甲95の4の見出し又は括弧内にある「＝儲かる」、「＝被差別部落の地名を公表することが違法であることを自認」及び「＝裁判官を威迫」は、いずれも原告ら代理人が付加した要約又は評価であって、反訳された発言そのものではない。

「＝儲かる」との評価から、甲25の1等が専ら収益又は私怨を目的としたとする推論は争う。

3　甲95の2に関する「敗戦処理」、「＝被差別部落の地名を公表することが違法であることを自認」、「部落探訪もやり切る」及び「（部落探訪のこと）」との記載も、甲95の4上、いずれも発言そのものとしてではなく、原告ら代理人による見出し又は括弧書きとして付されたものである。別件判決の内容を説明することと、被告宮部が自らの行為の違法性を認めることとは、別の事柄である。

甲95の3についても、「＝裁判官を威迫」は原告ら代理人の評価であって、発言そのものではない。

被告らは、甲95の4の逐語反訳の正確性、抜粋の範囲及び各見出しに付された時刻表示を争う。これらに関する認否は、原告らが要証事実及びこれに対応する具体的な発言箇所を特定した上で、追って明らかにする。

4　なお、原告第9準備書面は、収益化に関する発言を動画開始から「約23秒」経過後のものとする。しかし、原告ら自身が作成した甲95の4の該当見出しは「23分経過あたり」と記載しており、原告らの主張と原告らの提出証拠とが一致していない。「約23秒」は「約23分」の誤記であると解される。

5　原告第9準備書面は、別件の東京高等裁判所判決の言渡日を令和5年6月29日と記載する。しかし、甲5の判決書上の言渡日は同月28日であり、甲95の1の証拠説明書上の作成日も同日である。他方、甲95の4に記載された関連ウェブページのURLには同月29日の日付が含まれる。判決言渡日、動画の作成又は配信日及び関連ウェブページの掲載日は区別すべきであり、甲95から時系列上の推論をする前提として正確に整理される必要がある。

## 4　対象外動画の選択的提出では、それだけで個別の違法性を直ちに立証しないこと

個人であっても、SNS及び動画配信サービスを通じて大量の情報を発信できる現在、訴訟対象外の多数の発信から一部を選択して提出することは容易である。しかし、そのような選択によって発信者の一般的人格又は傾向を評価することは、本件訴訟の目的ではない。

甲95の1ないし甲95の3はいずれも本件で削除又は公表禁止の対象とされている表現ではない。本件で判断されるべきは、各対象記事及び動画の具体的内容、掲載時の取材及び目的、各原告との関係並びに権利侵害の有無である。対象外の動画を選択的に積み重ねても、その代わりにはならない。

また、将来の公表禁止との関係でも、被告宮部の一般的人格又は人物傾向から抽象的に再発を推認するのではなく、どの対象について、どのような侵害行為が行われる具体的なおそれがあるのかを示す必要がある。甲95の2又は甲95の3に今後の活動若しくは訴訟対応に関する発言が含まれるとしても、それだけで、本件各原告の人格的利益を侵害する特定の表現を将来行う具体的なおそれは基礎付けられない。

証拠として取り調べたことと、甲95の4に付された原告らの評価又は原告らの推論が採用されることは別である。甲95を参照する場合は、必要な箇所及び立証趣旨を限定し、原告らの見出しだけでなく各動画の前後の文脈を含めて評価すべきである。

したがって、甲95の本件各対象表現との関連性及び証明力は、上記の限度にとどまる。

## 第4　故小池ユリ子に関する訴訟手続受継について

1　令和8年5月26日付け訴訟手続受継申立書によれば、原告小池ユリ子は同年2月4日に死亡し、小池建明及び小池博樹が同人を相続したとされる。

2　故小池ユリ子に帰属した損害賠償請求は、相続の対象となる。もっとも、受継申立人ごとの承継割合は、相続関係及び申立ての添付資料により確認されるべきであり、当該請求の成立及び額は、従前どおり争う。また、原告らは、受継後の請求の趣旨において、各受継申立人が承継した元本額及び各元本に対応する遅延損害金請求を明示すべきである。

3　他方、故小池ユリ子本人のプライバシーその他の人格的利益に基づく削除及び将来の公表禁止請求は、同人本人の人格的利益に直接基礎付けられるものであり、単なる相続を理由として当然に受継の対象となるとはいえない。原告らは、これらの請求が同人の死亡後も存続し、受継申立人らに承継されるとする法的根拠及び現在の請求主体を明らかにすべきである。

4　受継申立人らが自己固有の人格的利益に基づく削除又は公表禁止を求めるのであれば、それは従前請求の受継とは別個の請求である。訴えの変更により、請求主体、対象表現及び侵害されたとする利益を具体的に明示すべきである。被告らは、その主張が示された後に認否及び反論をする。

5　したがって、裁判所において、現在の当事者表示、故小池ユリ子に関する請求のうち受継の対象となる範囲及び受継申立人ら固有の請求の有無を整理されたい。

## 第5　結語

原告第9準備書面及び甲95によっても、甲25の1、甲25の2及び甲43の公共性及び公益目的は否定されない。各表現の事実的部分、前提事実及び法的評価は区別して審理すべきである。

甲25の1のうち「押し付けているようにしか見えない」との部分は、列挙された事例に対する筆者の論評であり、その前提とする事実もまた、原告ら側の資料である乙4・35頁に現れている。「荒川高校だけではない　新潟県の教育界で相次ぐ糾弾」との記載の事実に関する中核部分も、同じく乙4により裏付けられ、さらに、県教育委員会の開示文書（乙8の5・乙19）にも、本件高校以外の複数の事案について原告新潟県連が関与する確認会等の経過が記録されている。確認会における具体的な発言の真実性は証人長谷川雅一の証言により、掲載時の相当な理由は被告宮部本人の供述その他の証拠により、それぞれ明らかにする。

甲43の「犯罪」等に係る各発言は法的見解の表明であり、その前提事実は乙8の5により裏付けられる。乙27は甲43公開後の資料であり、目的外の不適切な取扱いを認めなかった一方、機微情報を含む文書及び率直な意見交換の存在を認定し、情報管理上の留意点を付言した資料である。

甲95の各動画は、本件対象表現とは別の時期及び文脈におけるものであり、甲95の4の見出し及び括弧内には原告ら代理人の評価が含まれる。逐語反訳の正確性、抜粋の範囲及び時刻表示はいずれも争う。

故小池ユリ子の損害賠償請求の承継と、同人自身の人格的利益に基づく削除及び公表禁止請求の存否とは区別されなければならない。受継申立人らが自己固有の人格的利益に基づく請求をするのであれば、その請求主体、対象表現及び侵害されたとする利益を具体的に明示すべきである。

以上
