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令和8年（ワ）第192号　損害賠償請求事件
- 原告:宮部 龍彦
- 被告:株式会社神奈川新聞社 外1名
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# 準備書面1

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横浜地方裁判所川崎支部民事部合議A係 御中
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令和8年8月23日

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- 原告:宮部 龍彦
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原告は、被告らの令和8年7月7日付準備書面1（以下「被告準備書面」という。）に対し、以下のとおり反論する。

以下、略称は、特に断らない限り訴状及び被告準備書面の例による。

なお、被告準備書面第2の2(4)③は、対象とする演説の日を「令和8年10月18日」とする。本件選挙は令和7年10月に実施されており、同日はいまだ到来していないから、令和7年10月18日の誤記と推測される。もっとも、どの演説を対象とする抗弁であるかは免責の判断の範囲を画する事項であるから、対象となる演説の日時及び場所は、第10(3)のとおり明らかにされたい。

また、原告は、甲号証の原本に合わせて、訴状の次の記載を訂正する。いずれも主張の内容を変更するものではない。

(1) 訴状第2の4(2)は本件おことわりの文言を「異例（又は異なる）な扱いとしております」とするが、甲号証の原本の文言は「異なる扱いとしております」である。訴状別紙1記事目録の甲2の摘要欄に「異例な扱い」とあるのも、同様に「異なる扱い」と訂正する。

(2) 訴状別紙1記事目録は甲34の執筆者等を「神奈川新聞社」とするが、同号証の記事末尾には「石橋 学」との執筆者表示がある。

### --目次

## 第1 本件で判断されるべき事項

被告らは、川崎市長選挙の候補者であった原告について、①「経歴や出馬に当たっての主張に著しい差別的言動があり、差別が拡散する恐れがある」と自ら断定して候補者紹介等から排除し、②「レイシスト」「差別主義者」「デマ」「うそ」「差別扇動」「選挙ヘイト」等の表現を多数の記事で反復した。本件で判断されるべきことは、これらの表現の前提となる事実の重要部分が真実であるか、又は各記事の公表時にそれを真実と信じる相当の理由があったかである。

被告会社が全候補者を同じ分量で報道すべき義務を負うか否かは、本件の争点ではない。訴状記載のとおり、候補者紹介等から原告のみを排除した扱い（排除編集）自体を違法とする主張は維持する。その上で本書面が述べるのは、仮に掲載量の差それ自体は編集の自由の範囲であるとしても、排除の理由として社会的評価を低下させる評価及び予測を公表し、これを選挙期間中に反復したことについては、真実性又は相当性が必要である、ということである。原告は、被告らの記事の削除も、将来の報道の禁止も求めていない。本件請求は事後の金銭賠償に限られ、被告らの編集の自由に対する事前の制約を求めるものではない。

被告準備書面は、問題となる表現を①ないし⑥に分類し、各分類に対応する記事番号を示している。しかし、その根拠として掲げるのは、過去の訴訟、社会に差別が存在するという一般論、川崎市ふれあい館の設置目的、第三者の発言等にとどまる。これらの資料は、本件選挙時の原告の個々の言動が虚偽であったこと、又は差別を扇動するものであったことを証明しない。被告らは、一部の記事については対象とする発言を特定するものの、いずれの記事についても、その発言のどこが虚偽で、それを公表時にどの資料で確認したのかまでは、対応させて示していない。

真実性及び相当性は被告らの抗弁であり、その主張立証責任は被告らにある。被告らは、本件掲載等のすべてについて一括した判断を求めるが、各記事の意味内容と証拠との対応に即した個別の判断がされなければならない。

## 第2 名誉毀損の判断枠組み

## 1 一般読者の普通の注意と読み方

新聞記事の意味内容は、一般の読者の普通の注意と読み方を基準として判断される（最二小判昭和31年7月20日（昭和29年（オ）第634号・民集10巻8号1059頁））。各記事について、問題となる一語だけを切り離すのではなく、その記事の見出し、本文、引用、写真及び配置を全体として観察し、一般読者が受け取る意味を確定すべきである。新聞記事の見出しは、それだけを読む読者もいることから、本文とは別に社会的評価を低下させる意味を有し得る（東京高判平成13年4月11日（平成13年（ネ）第192号・判時1754号89頁））。複数の記事による反復は、各記事の意味内容を一括して同一とする根拠ではなく、被害の継続性及び程度を判断する事情である。

本件各記事のうち「デマ」「うそ」「差別扇動」「選挙ヘイト」「レイシスト」等の表現を含むものを通常に読めば、一般読者は、単に「原告の政治的見解に批判がある」と理解するのではなく、原告が客観的事実に反する情報を繰り返し流し、少数者への憎悪又は排斥を煽った人物であると理解する。この意味内容が原告の社会的評価を低下させることは明らかである。

## 2 事実摘示と意見論評

証拠により存否を決することができる特定事項を明示又は黙示に主張する表現は事実摘示に当たり、証拠による証明になじまない物事の価値、善悪又は優劣についての批評や論議は意見ないし論評に属する。この区別も、一般読者の普通の注意と読み方を基準として、前後の文脈等を考慮して判断される（最三小判平成9年9月9日（平成6年（オ）第978号・民集51巻8号3804頁）、最一小判平成16年7月15日（平成15年（受）第1793号、同第1794号・民集58巻5号1615頁））。

「デマ」「うそ」との表現は、その語だけから常に事実摘示になるとは限らない。しかし、本件各記事の文脈では、原告が客観的事実に反する特定の情報を流したことを前提とする表現である。「差別扇動」「選挙ヘイト」との表現も、原告が具体的な虚偽情報を用いて特定集団への憎悪又は排斥を煽ったとの事実的前提を含む。これらが意見ないし論評に分類される場合にも、その前提事実から切り離して免責を判断することはできない。

事実摘示については、摘示事実の重要部分が真実であれば違法性がなく、真実性の証明がなくても、公表時にこれを真実と信じる相当の理由があれば故意又は過失が否定され得る。意見ないし論評についても、その前提事実の重要部分が真実であり、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱しないときは違法性を欠き、前提事実の真実性が証明されない場合でも、これを真実と信じる相当の理由があれば故意又は過失が否定され得る（前掲最三小判平成9年9月9日）。したがって、「レイシスト」「差別主義者」等を意見ないし論評と解するとしても、表現を「論評」と分類するだけでその前提事実の真実性又は相当性の検討が不要になるものではない。

また、第三者の発言を引用する形式であっても、見出し、前後の文脈、強調の態様及び執筆者自身の叙述から、一般読者が執筆者自身も引用内容を間接的に主張していると理解するときは、その内容についての事実摘示を含み得る（前掲最三小判平成9年9月9日）。同様に、推論を紹介する形式の記事も、対象者の名誉にかかわる事実を摘示するものに当たる（最二小判平成10年1月30日（平成6年（オ）第1084号・裁判集民187号1頁・判時1631号68頁））。

前掲最三小判平成9年9月9日は、報道の反復について次のとおり判示する。すなわち、「ある者が犯罪を犯したとの嫌疑につき、これが新聞等により繰り返し報道されていたため社会的に広く知れ渡っていたとしても、このことから、直ちに、右嫌疑に係る犯罪の事実が実際に存在したと公表した者において、右事実を真実であると信ずるにつき相当の理由があったということはできない」。本件でも、抗議活動又は第三者による批判が存在したこと、及びそれが繰り返し報じられたことと、その批判内容の重要部分が真実であることとは区別される。

その相当の理由は、当該表現の公表時に行為者が現に保有していた具体的資料及び実施した調査に基づいて判断される（最一小判昭和41年6月23日（昭和37年（オ）第815号・民集20巻5号1118頁））。

最高裁判所は、真実性と相当性とで基準時を明確に区別している。真実性は、事実審の口頭弁論終結時において客観的に判断され、行為の時点で存在しなかった証拠を考慮することも許される。これに対し、相当の理由は、行為の当時における行為者の認識が問題になるため、行為時に存在した資料に基づいて判断される（最三小判平成14年1月29日（平成8年（オ）第576号・裁判集民事205号233頁）参照）。したがって、原告は、被告らが公表後に取得した資料を真実性の判断資料とすること自体は妨げない。しかし、相当性については、各記事の公表時に被告らが現に持っていた資料だけが判断の基礎となる。

以上の免責の判断は、表現が公共の利害に関する事項に係り、その目的が専ら公益を図ることにあったことを前提とする。本書面は、本件選挙報道の公共性及び公益目的性が認められる場合であっても、なお各表現の前提事実について真実性又は相当性が必要であることを論じるものである。

なお、以上の判断枠組みは、表現者の立場を問わず一律に適用されるべきものである。原告は、表現を「論評」と分類することのみによって免責されるという立場を、自らが表現者として批判を受ける場面においても採らない。求めているのは、各表現について、その前提となる事実、文脈、公共性、真実性又は真実と信じた相当の理由及び表現方法を個別に検討することであって、批判的表現一般を封じることではない。

## 3 原告が選挙の候補者であることは、前提事実の検討を省略する理由とならない

被告らは、原告が公職の候補者であったこと及び本件掲載等が政治的表現であることを、論評の域を逸脱しないことの理由として挙げる。公職の候補者に対する批判に広い自由が認められることは、当然の前提である。

しかし、公職の候補者であることは、論評の前提事実の真実性又は相当性を不要とする理由ではない。被告らが援用する東京高判平成15年12月25日（平成15年（ネ）第4360号・判時1844号58頁・判タ1157号175頁）は、この点について明確に判示している。

第一に、同判決は、「ウソつき常習男」との表現について、「一般の読者の普通の注意と読み方とを基準とすれば、当該人物が繰り返し人をだましているとか、偽りの発言をする習癖があるとの印象を与えるものであり、それ自体として、当該人物の社会的評価を低下させるものというべきであるし、それが被控訴人のような政治家について用いられた場合でも同様であるといえ」ると判示する。対象が政治家であることによって、社会的評価の低下が否定されるものではない。

第二に、同判決は、「政治家がその資質を有しているか否かは国民一般、報道機関の事実に基づく自由な批判、真実である前提事実あるいは真実と信ずるについて相当な理由があった前提事実に基づく自由な論評、意見により批判することが許容されるべきものである」として、政治家に対する自由な論評を認める前提を「事実に基づく」「真実である前提事実あるいは真実と信ずるについて相当な理由があった前提事実」に置いている。前提事実を欠く論評までを許容したものではない。

第三に、同判決は、論評の前提事実を包括的に扱わず、これをア（国会での応酬とその経緯）、イ（第三者のテレビ発言）、ウ（陳情に対する応答及び抗議文）、エ（元同僚の発言）の各項目に分解し、各項目ごとに真実性又は相当性を認定した上で、「本件記事で被控訴人を『ウソつき常習男』と論評し、意見を述べる前提となった事実はいずれも、真実と認めることができるか……真実と信ずるについて相当な理由があった」として、初めて論評の域を逸脱しないと結論している。政治家に対する論評であっても、前提事実は個別に検討されている。

第四に、同判決は、相当性を、公表時に執筆者が現に取得した具体的資料によって認定している。第三者のテレビ発言については、執筆者が「取り寄せたビデオテープを見て確認した」こと及び記者が後に発言者本人から確認を得たことを、他の項目については記者による関係者への直接取材の内容を、それぞれ認定資料としている。他方、同判決は、当事者本人も関係者も「本人又は証人として取り調べておらずその陳述書すら証拠とされていない」項目については、真実性の証明を否定している。伝聞にとどまり、供述者の陳述書すら提出されていない資料によって前提事実の真実性が認められるものではない。

したがって、同判決は、被告らが求めるような一括した判断ではなく、本書面が求める個別の判断こそを実践した先例である。

## 4 真実性及び相当性は個別に判断されるべきこと

被告らは、本件掲載等を「一体的に」検討すべきであると主張する。本件各記事（甲1ないし甲34）には、紙面記事とそのウェブ版など実質的に同内容のものも含まれるが、すべてが同一内容ではなく、公表日、見出し、対象となる原告の発言、引用者及び表現が異なる記事群が含まれている。したがって、同内容の記事は対応させつつも、異なる記事の真実性及び相当性まで一括して判断することはできない。

真実性は、各表現が前提とする事実について判断され、相当性は、各記事の公表時に被告らが現に保有していた資料及び実施した取材に基づいて判断されるべきである。

## 5 本件における主張立証の対象

甲1ないし甲34により、本件おことわり及び本件各記事が公表されたこと、その対象が原告であること並びに問題となる文言は特定されている。被告らも、本件おことわりを付し、本件各記事を公表したこと自体は争っていない。また、「レイシスト」「差別主義者」「デマ」「うそ」「差別扇動」「選挙ヘイト」等の文言が、一般読者に対し、原告が虚偽を用いて少数者への差別を煽る人物であるとの印象を与え、原告の社会的評価を低下させることは、その文言及び記事全体から認められる。

被告らは、これに対し、各表現が真実を前提とする意見ないし論評であり、又は少なくとも真実と信じるについて相当の理由があったと主張する。これらはいずれも被告らの抗弁であり、その主張立証責任は被告らが負う。免責を基礎付ける真実性又は相当性について被告らが証拠と対応させるべき対象は、単に原告について過去の判決又は批判が存在するという事実ではなく、各記事が一般読者に伝える事実的前提の重要部分及び各記事の公表時における調査資料である。

原告の発言が虚偽であるといった被告らの主張事実について、原告が反対証拠を提出すべき立証責任を負うものではない。

## 第3 本件おことわりは被告会社自身の評価及び予測であること

## 1 一般読者が受ける意味

被告らは、候補者紹介又はアンケート記事において、原告について「経歴や出馬に当たっての主張に著しい差別的言動があり、差別が拡散する恐れがあるため、異なる扱いとしております」との本件おことわりを付したことを認めている。

この記載は、第三者の批判を紹介したものではなく、被告会社が編集主体として、①原告には「著しい差別的言動」があるとの現在の評価と、②通常の候補者紹介等に掲載すれば差別が拡散するおそれがあるとの予測を、自らの判断として読者に告知したものである。したがって、本件おことわりは、少なくとも、これらの評価及び予測を基礎付ける具体的事実を前提とする論評であり、原告の社会的評価を低下させる。

## 2 「同量報道義務」の有無では解決しないこと

被告らが原告を他候補者と異なる分量で扱う編集上の自由を有することと、その理由として社会的評価を低下させる事実を公表できることは別問題である。被告らは、全候補者を同じ分量で扱う義務がないことを述べ、本件おことわりの当否については本件各記事の表現に関する真実性等の主張を援用するにとどまる。その援用に係る主張が各表現の前提事実を立証しないことは第4以下で述べるとおりであるから、本件おことわりが表示した評価及び予測についても、真実性及び相当性が立証されたことにはならない。

原告が違法と主張する核心は、掲載量の差そのものではなく、真実性又は相当性を欠く「著しい差別的言動」「差別が拡散する恐れ」との評価及び予測を理由として表示し、これを選挙期間中に反復した点にある。

## 第4 被告提出資料が基礎付ける範囲

## 1 乙2及び乙3が証明する範囲

乙2及び乙3は、全国の同和地区に関する識別情報等の出版又はインターネット掲載をめぐる別件訴訟の判決である。これらにより証明され得るのは、同判決が認定した特定の情報掲載行為、その対象及び法的評価である。

本書面は、乙2及び乙3の各判決が認定した行為の範囲及び同判決が確定したことを前提として論じる。その上で、同判決が確定したことは、原告のその後のあらゆる発言が虚偽であることや、原告が本件選挙で差別を扇動したことを証明するものではなく、原告を無限定に「レイシスト」「差別主義者」と断定する論評の前提事実となる事実まで証明するものでもない。最高裁判所による上告棄却等も、原判決の対象外の事実について新たな認定をしたものではない。

このことは、別件判決自身の判断の構造からも明らかである。別件控訴審判決（乙2）は、地域の所在に関する情報が公表されることにより、当該地域の出身等の者が「実際に不当な扱いを受けるに至らなくても、これに対する不安感を抱き」得ることを理由として、不当な扱いを受けることなく平穏な生活を送る人格的利益の侵害又はそのおそれを認め、出版等の差止め等を命じたものである。同判決は、「上記の不当な扱い（差別）又はそのおそれは、必ずしも本件地域の出身であるという客観的な事実に基づくものではなく、むしろ偏見や差別意識といった人々の心理、主観に起因するものである」とも判示している（乙2）。すなわち、同判決が問題としたのは、情報の公表が、第三者の抱く偏見や差別意識を介して、対象者に不安を生じさせる危険である。同判決は、原告が特定の者を差別的に取り扱った事実を認定したものでも、原告が差別を煽動した事実を認定したものでもない。したがって、別件判決の確定を根拠に原告を「差別主義者」すなわち自ら差別を行い又は煽動する人物であると断定することは、同判決の認定の範囲を超えるものである。

したがって、被告らは、別件判決を人物評価の包括的な根拠として用いるのではなく、本件各記事が対象とした原告の具体的言動と、別件判決の認定事実がどのように対応するのかを示す必要がある。

また、仮に別件判決及びその報道により原告の社会的評価が既に一定の影響を受けていたとしても、本件各表現が付加した意味内容、すなわち、原告が客観的事実に反する情報を流したこと、少数者への差別を扇動したこと、差別を目的として利益を得たこと等は、別件判決が認定した事実にも従前の報道にも含まれていない。本件各表現は、この部分について新たに原告の社会的評価を低下させるものである。

## 2 乙8、乙14及び乙15等の一般資料

差別や偏見が現在も社会問題であること、選挙運動に際して不当な差別的言動が問題となり得ること、性的指向及びジェンダーアイデンティティに関する理解増進が立法目的とされていることは、一般論である。

これらの資料は、本件選挙時の原告の特定発言が客観的に虚偽であったこと、又はその発言が憎悪若しくは排斥を煽ったことを直接証明しない。社会一般に差別が存在するという事実から、個別の制度、団体又は公金支出に対する原告の批判がすべて「デマ」又は「差別扇動」になるとの結論は導けない。

## 3 乙7等が証明する範囲

乙7は、令和6年7月13日付けのX上の投稿の写しである。同号証が直接証明するのは、当該投稿の存在及びその文言に限られる。

被告準備書面は、乙7の投稿を、原告の言辞が「事実に基づかないデマ」であることの根拠として挙げる。しかし、同投稿は、部落差別の現状と公金支出のあり方についての原告の見解を述べたものである。ある見解を公表した事実は、その見解の内容が客観的に虚偽であることを証明しない。差別に関する認識が国民の一部に残っているとする一般資料（乙8）によっても、原告の見解の表明が「デマ」すなわち虚偽の情報の流布であったことが証明されるものではない。

被告らは、本件各記事が伝える各事実、すなわち原告が「差別を20年続けた」こと、「差別で金もうけ」をしたこと、「犬笛型ヘイト」を行ったこと等について、乙2ないし乙6、乙9その他の証拠が直接証明する範囲を個別に示し、各記事の表現との対応を明らかにすべきである。

なお、乙4は、同和地区の場所の特定及び識別情報の掲載に関する供述内容を、乙9は、被差別部落の街並み等を撮影した動画が有料サイトで配信されていることを、それぞれ記載するものである。しかし、「識別情報の掲載を継続した」という行為事実と、「差別を20年続けた」という人物評価とは同一ではなく、「有料で配信した」という事実と、「差別を目的として金もうけをした」という目的又は動機の認定も同一ではない。被告らは、行為事実、目的・動機及び人物全体への評価を区別して主張立証すべきである。

また、甲5・甲22は「800万円弱」の差押えを記載する。しかし、当該記載は、本件選挙における原告の具体的発言が虚偽であったこと、在日コリアンへの差別を扇動したこと又は原告の目的及び動機についてのより広い評価を、いずれも証明するものではない。

## 4 被告準備書面の④及び⑥について

被告準備書面の④は、甲12及び甲27の「暴挙」との評価について、原告の言動が「デマに基づく差別扇動」であることを前提とする。しかし、その前提は、被告準備書面の③で主張されたメール、講演及びふれあい館に関する評価に依存している。したがって、③の前提事実について真実性又は相当性が認められなければ、「暴挙」との評価も、その前提を欠く。

また、被告準備書面の⑥は、原告が「LGBTは利権だ」「部落差別は存在せず、差別を訴えているのは利権のためだ」等と発言したことを前提とした上、理解増進法及び部落差別解消法の各制定目的並びに法務省資料（乙8、乙15）により偏見又は差別が存在することは事実であるとして、原告の発言を「デマ」と評価する。

しかし、この論理は、原告の各発言が一般読者との関係で有する意味内容の確定を欠いている。原告の各発言は、その文脈上、差別被害の程度並びに特定の団体、啓発事業及び公金支出の当否についての評価を述べるものである。乙8は、同和地区の居住者等について否定的な評価をする誤った認識が国民の一部に残っているとする法務省の依命通知であり、乙15は性的少数者に関する一般的な啓発資料であって、いずれも、原告の発言が対象とした個別の団体、事業又は公金支出の当否を判断するものではない。偏見又は差別が社会に存在することと、特定の政策、団体、啓発事業又は公金支出に対する批判が客観的に虚偽であることとは別問題である。したがって、被告らの挙げる資料によっても、原告の発言のうち検証可能な具体的事実がどの部分であり、それがどの一次資料によって虚偽と判明するのかは、示されていない。

## 5 「勧告」等の記載と基礎資料との不一致

本件各記事のうち甲3・甲20、甲5・甲22、甲12・甲27及び甲17・甲31は、法務省又は大阪府から人権侵害をやめるよう「勧告」され、又は「行政勧告」を受けた旨を記載している。しかし、被告らがその根拠として提出した各文書は、いずれも表題及び本文において措置を「説示」と明記している（乙5、乙6）。これは、証拠により存否を決し得る具体的事項についての誤りである。

第一に、乙6は、東京法務局長が令和7年7月10日付けで発したものであり、表題を「インターネット上における識別情報の摘示による人権侵犯事件について（説示）」とし、本文で「下記2のとおり説示します」と記載する。人権侵犯事件調査処理規程14条は、2号において「相手方等に対し、その反省を促し、善処を求めるため、事理を説示すること（説示）」を、3号において「相手方等に対し、人権侵犯をやめさせ、又は同様の人権侵犯を繰り返させないため、文書で、人権侵犯の事実を摘示して必要な勧告を行うこと（勧告）」を、それぞれ別個の措置として定めている。本件各記事の「人権侵害をやめるよう勧告」との記載は、同条3号の措置の定義に対応する表現であるが、現に採られた措置は同条2号の説示である。

第二に、乙5は、大阪府知事が令和6年12月4日付けで発したものであり、表題を「インターネット上の不当な差別的言動への対応について（説示）」とし、その根拠を「大阪府インターネット上の誹謗中傷や差別等のない社会づくり条例（令和4年大阪府条例第48号）第13条」と明記する。同条例が定める措置は、12条の「削除の要請等」、13条の「説示又は助言」及び14条の「府民への啓発」であり、同条例には「勧告」という措置類型が存在しない。したがって、甲3・甲20等の「大阪府から人権侵害をやめるよう勧告され」との記載は、同条例に基づく措置としては存在しない措置を摘示したものである。

第三に、甲3・甲20は当該措置を「法務省」から受けたものと記載するが、乙6の発出者は東京法務局長である。被告らは、甲12・甲27においては発出主体を「東京法務局」と記載しており、自社の記事相互においても表示が一致していない。

被告らは、原告の発言を繰り返し「デマ」「うそ」と非難する記事において、自らが根拠として掲げる公的措置の名称及び発出主体を正確に表示しなかった。この点は、被告らが各記事の公表時にその基礎資料をどの程度確認していたかを判断する事情となる。

また、甲3・甲20は、部落の地名の出版又はインターネット掲載が「最高裁で差別であり違法と認定」された旨を記載する。しかし、実体判断をしたのは第一審及び控訴審であり、最高裁判所は上告棄却等の決定をしたものであって、最高裁判所が対象行為について新たな事実認定又は法的評価を示したものではない。この点も、被告らが原告の発言を繰り返し「デマ」「うそ」と非難する記事において、自らの基礎資料をどの程度正確に表示したかを判断する事情となる。

## 6 行為事実と記事が付加した意味内容を区別すべきこと

判断例として、東京地判令和3年9月1日（平成30年（ワ）第24721号・裁判所ウェブサイト。控訴審は東京高判令和4年6月3日、上告不受理により確定）は、証拠が直接認める行為事実と、公表表現が読者に伝える意味内容とを区別している。

同判決は、対象者が工事車両の通行を妨害する座り込みを呼び掛けていたことを認定しつつ、番組が「『暴力』の内容が道路への座り込みによって行われていることは示されておらず、むしろ……『過激（派）』『襲撃され（る）』『警察でも手に負えない』『テロリスト』などの表現を使用して、殊更に危険性の高い暴力が直接身体に加えられる可能性を強調」した点をとらえ、「本件各番組の摘示する暴力と原告が上記集会で採り上げた抵抗方法とでは、暴力ないし実力行使の次元が異なり、一般の視聴者が受ける『暴力』に関する印象は全く異なる」として、真実性の証明を否定した。また、旅費相当額の支払についても、支払の事実自体は認めた上で、「特派員の派遣及び交通費の支給が反対運動を煽る目的でされたものとは認め難い」として、金員の支払という行為事実から目的の認定へ拡張することを認めなかった。

さらに、推論を紹介する形式の表現についても、前掲最二小判平成10年1月30日は、対象者の読書歴等から犯行の動機を推論する内容の新聞記事が、その者の名誉にかかわる事実を摘示するものに当たると判示している。行為の目的又は動機を推論の形式で述べることは、評価にとどまらず、事実の摘示となり得る。

本件でも、識別情報の掲載を継続したことから「差別を20年続けた」との評価へ、有料で配信したことから「差別で金もうけ」との目的認定へ、政策又は公金支出を批判したことから「犬笛型ヘイト」との行為評価へ拡張した部分については、その拡張された意味内容に対応する証拠が必要である。元となる行為事実の一部が認められることだけで、記事が付加した目的、動機又は因果関係まで真実であるとはいえない。

## 第5 川崎市ふれあい館に関する被告らの反論の論理的欠落

## 1 公募及び行政上の承認は実質的中立性を証明しないこと

被告らは、川崎市ふれあい館の設置目的及び運営理念（乙11の1・乙11の2）、指定管理者が公募により選定されたこと（乙13）並びに事業計画、予算及び決算について行政又は市議会の関与があることを挙げ、原告のいう「偏り」は虚偽であると主張する。

しかし、手続上、公募、決裁又は予算承認を経ていることと、個々の講演内容、講師選定、教材又は運営方針が政治的・思想的に均衡していることとは別の事柄である。公的手続を経たという事実だけから、実質的な「偏り」が存在しないとの結論は導けない。

被告らのいう公募の実態は、次のとおりである。

第一に、ふれあい館の運営者は、昭和63年の開館以来、委託の時代から指定管理者制度の下に至るまで一貫して青丘社であり、事実上、一度も交代したことがない。この点は、被告ら自身が、乙12の立証趣旨を、青丘社が「開館から一貫して運営を担ってきたこと」とする（被告ら証拠説明書）ことからも、争いがない。

第二に、川崎市のこども文化センター58館のうち、桜本こども文化センターだけは、単独の児童館として公募されるのではなく、合築されたふれあい館の社会教育事業等と一体のものとして公募される。川崎市の平成19年度包括外部監査結果報告書は、この点について、「桜本こども文化センターは、合築されているふれあい館の業務の独自性・特殊性から１社のみの応募となり、経費面での競争とならなかった」とし、「桜本こども文化センターは、従来からの管理委託先である(福)青丘社のみの応募が、残る57館は各館2～3団体の応募があった」と記載している。他の57館の運営経費が制度導入により減少する中、同センターの一般財源は逆に増加した（甲44）。監査人の指摘するとおり、ふれあい館の業務と事実上一体で運営されるという同センターの特殊性が、他の団体の応募を妨げる要因となってきたのである。

第三に、直近の令和5年の選定においても、ふれあい館は「川崎市こども文化センター・川崎市ふれあい館（川崎区第4グループ）」として一体で公募され、説明会には17団体が参加しながら、応募したのは青丘社1団体のみであった（甲45）。

以上のとおり、公募の形式が繰り返されてきたことは、選定の実質的な競争性も、運営内容の中立性も証明しない。

むしろ、本件の各証拠が示すのは、川崎市において、ふれあい館及び桜本こども文化センターの指定管理（甲44、甲45）にとどまらず、市教育委員会が関与する社会教育事業（人権尊重学級及びハングル講座。甲37、甲41、甲43）から、市立学校78校中32校で実施される多文化共生ふれあい事業（甲42）に至るまで、福祉、社会教育及び学校教育にまたがる公的事業が、開館以来40年近くにわたり、単一の民間団体である青丘社に依存し続けてきたという構造である。

さらに、川崎市立桜本中学校の人権尊重教育推進事業計画に含まれる活動指導案（令和6年6月26日実施の授業）には、差別を許さないと立ち上がった人々として「桜本保育園」「青丘社」「ふれあい館」といった団体を紹介し、これらの「団体の活動が、韓国・朝鮮人の人権を守ろうとしていたことを確認する」こと及び「当時頑張った人たちのおかげで今の桜本地域があることを確認する」ことが、教師の指導内容として明記されている（甲51）。公の施設の運営を委ねられた特定の民間団体そのものを、公教育の授業において肯定的に取り上げ、その活動への評価を生徒に「確認する」よう求める指導が現に行われているのである。

行政が、福祉のみならず社会教育及び学校教育までを単一の民間団体に依存し、公教育の中で当該団体自体を顕彰的に扱うというこの構造は、公の施設及び公教育の中立性の観点から、批判的な検討の対象となり得る事柄である。この構造を指摘して「中立化」を政策に掲げる原告の主張は、市の公文書上の基礎を有する政策論であって、その表明をもって「デマ」すなわち虚偽の情報の流布と断定することはできない。

また、講師活動に関する資料（甲37）及び被告らの認否によれば、被告石橋が川崎市の社会教育事業に講師として登壇し、謝礼を受領したこと自体は争いがない。原告が公的な教育・啓発事業の内容や講師選定を批判的に検討することは、それ自体として在日コリアンへの憎悪又は排斥を煽る行為ではない。

## 2 メール及び講演内容の確認に関する記事

被告らは、原告が街頭演説で紹介したメールについて独自の確認をしていないこと及び取材時に具体的講演を即答できなかったことに加え、前記1で述べたふれあい館の運営に関する主張を援用して、原告の言動を「デマに基づく差別扇動」と評価したと主張する。

このうち、ふれあい館の運営に関する部分に理由がないことは、前記1のとおりである。被告らの主張の残る根拠は、原告が取材時に十分な裏付けを示さなかったという点である。しかし、取材対象者が取材の場で裏付けを示さなかったことと、住民からのメールが存在しないこと、その記載内容が客観的に虚偽であること、又は原告が虚偽と知りながら差別を扇動する目的で読み上げたこととは、いずれも別個の事実である。

「デマ」とは、記事の文脈上、虚偽の情報が流されたことを意味する。したがって、被告らが立証すべきは、原告が取材時に何を答えなかったかではなく、原告が読み上げたメールの記載内容のうちどの具体的命題が客観的に虚偽であったか、及び被告らが記事の公表時にその反対事実をどの資料により確認したかである。

被告らは、取材時の説明不足を指摘するにとどまらず、どの具体的命題について反対事実を確認したのか、その反対事実を誰への照会又はどの資料によって確認したのか、並びにその命題と「デマに基づく差別扇動」「選挙ヘイト」とのより広い評価との対応を明らかにすべきである。甲10及び甲25は、本件で違法性が争われている表現物であり、記事にそのような取材経過が記載されたこと及び被告石橋がそのように認識したことは示すが、上記の対応関係まで明らかにするものではない。

## 3 原告の発言には公文書上の基礎が存在すること

原告の発言には、次のとおり、川崎市の公文書及び公的記録上の基礎が存在する。甲41及び甲42は、原告が本件訴訟提起後に川崎市の情報公開制度により取得した開示文書であり、甲43は川崎市議会の会議録である。

第一に、ふれあい館の2025年度（令和7年度）社会教育事業に関する報告書等（甲41）には、川崎市ふれあい館及び川崎市教育委員会が主催する人権尊重学級において、令和7年8月23日、指定管理者である社会福祉法人青丘社の理事長自身が講師を務めたことが記録されている。同じ川崎市ふれあい館の人権尊重学級では、2024年度の講座（2024年度人権尊重学級PART②）において、被告石橋自身が講師を務め、謝礼を受領している（甲37）。

第二に、同じ報告書中のハングル講座の学習報告書（甲41）は、その「ねらい」を「外国人市民と日本人が、韓国・朝鮮語を共に学び合うことにより、韓国・朝鮮人のアイデンティティの確立と日本人の国際性を養い、文化の相互交流のと国際理解の向上を目指す。」（原文のまま）と記載している。

第三に、川崎市議会の平成14年3月11日予算審査特別委員会において、教育委員会が主催し青丘社に委託するふれあい館人権尊重学級の講座案内チラシに、文部省の検定に合格した特定の教科書を「真実の歴史を見つめない」とする記載や、外国人地方参政権法案が「根強い排外主義の台頭の前に頓挫している」とする記載があったことが指摘され、教育長は「講座案内のチラシの中に、一部不適切な表記がありました」として、訂正する旨を答弁した（甲43）。市教育委員会自身が、本件で問題となっているのと同じ人権尊重学級について、政治的な表記の不適切を認めて訂正した公式の記録が存在する。

第四に、川崎市教育委員会の「令和7年度多文化共生ふれあい事業実施校一覧（2025.5.1）」によれば、市立学校78校で同事業が実施され、うち32校の実施団体は「ふれあい館」である（甲42）。同事業の実施要綱は、対象となる学習活動を「文化の相互尊重と多文化共生社会を築く意識や態度を育むことをねらいとする」ものと定義した上、「単に民族的な芸術・文化の鑑賞会に止まるものであってはならない」と定めている（甲42）。すなわち、ふれあい館は、館内の講座にとどまらず、児童生徒の意識や態度の形成をねらいとする学習活動を、市立小学校を中心とする多数の学校で担う立場にある。甲10・甲25が「デマ」の対象とした住民からのメールは、地元の小学校における教育に関するものであるところ、これらの開示文書は、そのメールの内容が評価の対象とする事実の基礎、すなわちふれあい館による小学校教育への広範な関与が実在したことを示している。

これらは、いずれも評価を含まない公文書上の記載である。公の施設の講座の目的の定め方、講師の選定の在り方及び小学校教育への関与の範囲について、批判的な評価ないし論評の対象となり得る事実が現に存在したことを、市の文書自体が示している。前記第2の2のとおり、真実性の判断は事実審の口頭弁論終結時が基準であり、行為時に存在しなかった証拠を考慮することも許されるから、これらの開示文書は、原告の発言が「デマ」すなわち虚偽の情報の流布であったとの被告らの断定について、その真実性を判断する際に考慮されるべきである。なお、原告によるこれらの提出は、前記第2の5のとおり原告が立証責任を負うことを前提とするものではなく、被告らの抗弁に対する反対証拠の提出である。

## 第6 「部落とは関係ない」等の記載に関する立証不足

## 1 被告らの反証は、原告の発言の核心と対応していないこと

被告らは、原告が過去に聞いたとする「部落とは関係ないんだ」との発言について、現在の支部長が否定したこと、解放同盟中央本部が親族の出自等を回答したこと及び原告のブログに当該発言の記載がないことを挙げる。

しかし、被告らの挙げる中央本部の回答は、被告準備書面の引用によれば、現支部長の「父方の祖母は東京都国分寺市にある部落出身」であり、父は「浅草で靴職人として働き、都内で解放運動に参加した」後、「転居先の川崎市で同支部を立ち上げ、初代支部長となった」というものである。この回答のどこにも、現支部長又はその父が川崎の被差別部落の出身であることや、川崎の特定の部落との具体的な関わりは述べられていない。述べられているのは、東京都内での出自と運動歴、及び川崎へ転居して支部を立ち上げたという経過である。

原告の発言の文脈は、川崎市が委託する人権・同和対策生活相談事業と、その委託先が当事者としての関わりを持つかどうかに関するものである。同和対策事業が、旧同和対策事業特別措置法以来、対象となる地域に着目して実施されてきた制度であることに照らせば、「部落とは関係ない」という説明は、まず川崎の地域との関わりについての説明として理解するのが自然である。数世代前の親族の、東京都内の地域についての出自を持ち出しても、この説明とは矛盾しない。被告らの反証は、原告の発言の核心と対応していないのである。

また、甲13・甲28は、原告が部落の地名リストの出版を企てたとした上で、「支部長を含む当事者から起こされた訴訟では『差別されない権利』を侵害したと認定する判決が最高裁で確定している」と記載し、支部長が同訴訟の当事者として権利を認められたかのような印象を読者に与える。しかし、同訴訟の被告であった原告の認識では、同訴訟の記録上、支部長と部落との関わりが確認された事実はない。被告らにおいてこの点を争うのであれば、その根拠を、第10(4)のとおり明らかにされたい。

そもそも、ある者の現在の当事者性を、数世代前の先祖の出自によって根拠付けようとする手法は、生まれや系譜によって人を規定しないという、被告らが依拠するはずの人権尊重の理念と相容れない。しかも、被告らが乙2として提出する別件判決は、親族の本籍等から出身等が推知されることそれ自体が対象者に不安を生じさせるとして、その種の情報を保護の対象としたものである。被告らは、原告の発言を「デマ」と断定するために、第三者である現支部長について、数世代前までその系譜をたどり、祖母の出自とその地域を自ら記事で公表した。人の現在の属性を先祖の出自によって決め付けるこの手法は、被告らが批判するはずの発想と同質のものである。この点は、被告らの確認及び表現の在り方、ひいては本件各記事が論評としての域を逸脱していないかの判断においても、考慮されるべき事情である。

その上で、ある関係者が後に発言を否定したことは、客観的真実性との関係では、相反する供述が存在することを示すにとどまる。ブログにある発言を記載しなかったことも、それだけで発言がなかったことの証明にはならない。

前記第2の3のとおり、東京高判平成15年12月25日は、論評の前提事実のうち、当事者本人も関係者も「本人又は証人として取り調べておらずその陳述書すら証拠とされていない」項目については、真実性の証明を否定した。本件において被告らが依拠するのは、被告ら自身が取材の際に聴取したとする現支部長及び中央本部の回答であり、その供述者の陳述書は提出されていない。同判決の判断に照らせば、この状態のままで前提事実の真実性が証明されたと評価することは困難である。

相当性についても同様である。相当性の抗弁を主張する者は、公表時に自分が現に持っていた資料を特定しなければならない。被告らが原告の説明を「デマ」「うそ」と断定するのであれば、いつ、誰に取材し、原告に何を質問し、どのような回答を得て、それを記録したのかを特定すべきである。その上で、相反する二つの説明のうち一方だけを信用した資料と理由を、具体的に述べるべきである。これは抗弁を主張する当事者として当然の負担であり、原告の側に反証の資料があるかどうかとは関係がない。

以上に加え、原告は、被告らが取得したとする回答の正確な内容、及び記事がそこから付加した「デマにデマ重ね」「うそにうそを重ね」との意味の範囲を争う。

## 2 第三者の言動を原告の責任とすることはできないこと

被告準備書面は、取材現場で第三者から被告らに対する暴言があったことを挙げる。しかし、原告が当該第三者に暴言を指示し、共謀し、又は具体的に誘発したとの主張立証はない。第三者の発言をもって原告自身の言動を「差別扇動」とすることはできない。

また、記事中に第三者の「市長選に出る資格ない」との発言があるとしても、被告らがその発言を見出し、構成及び反復掲載により自らの評価として採用したか否かは、記事全体について一般読者が受ける印象により判断されるべきである。前掲最三小判平成9年9月9日のとおり、引用形式であることだけで当然に被告らの責任が否定されるものではない。

特に甲25は、第三者の発言を紹介するだけでなく、見出しに「宮部龍彦氏の差別扇動」と掲げ、本文冒頭でも被告ら自身の叙述として原告を「レイシスト」と呼び、「デマに基づく差別扇動」を行った旨を記載している。したがって、「市長選に出る資格ない」の部分が第三者の引用であることによって、同記事全体における被告ら自身の事実摘示又は論評の真実性及び相当性の立証が不要になるものではない。

## 第7 相当性及び論評の域に関する主張が抽象的であること

被告らは、「現場等での取材のもとに報道を行った」と述べるだけで、各記事について、誰が、いつ、誰に、何を質問し、どの資料及び回答により、どの事実を真実と判断したのかを示していない。

相当性は、取材を行ったという抽象的事実ではなく、公表時に得られていた具体的資料の質及び量によって判断される。特に「デマ」「うそ」「差別扇動」「極めて悪質なレイシスト」といった重大な表現を反復する以上、被告らが、対象となる発言をどのように特定し、原告の説明をどの範囲で確認し、相反する資料をどのように比較したかは、相当性を判断する重要な事情である。

前記第2の2のとおり、相当性は、当該表現の公表時に行為者が現に保有していた資料及び実施した調査によって判断される（前掲最三小判平成14年1月29日参照）。

加えて、被告石橋は、原告が立候補を表明した令和7年8月7日の翌日である同月8日付けの記事において、既に原告を「レイシストたる宮部氏」と断定した上、「レイシストのデマと差別を暴く報道で、条例の尊さを再確認する選挙となる」と記載していた（甲39）。本件選挙における原告の演説は、いずれもこの記事より後に行われたものである。本件各記事にいう「デマ」「差別扇動」の断定が、令和7年10月の各演説の内容を取材し確認した結果であるならば、対象となる演説がいまだ行われていない2か月前の時点で、同旨の結論が公表されていたことの説明がつかない。同記事は、被告石橋が、本件選挙における原告の個々の演説内容を確認する前から評価を定めていたことを示すものであり、10月の各記事における断定が各演説の内容の確認に基づくものであったかを判断する際に考慮されるべき事情である。

さらに、被告石橋は、本件以前から、選挙のたびに、特定の政党又は候補者を「レイシスト」「差別者」等と断定した上で投票しないよう呼び掛ける同一形式の署名記事を反復して執筆してきた。令和4年7月の参議院選挙に際しては、特定の政党について「私はもちろん参政党には投票しない。なぜなら、差別をあおるデマをまき散らすヘイト団体だから」と書き出し（甲47）、令和5年11月の海老名市議選では、特定の候補者を「卑怯（ひきょう）でうそつきのレイシストの代表格」「醜悪な差別者」と断定した上で「ヘイト候補に投票しないよう私は注意を呼びかける」と記載し（甲48）、令和7年1月の埼玉県戸田市議選でも「差別者に騙されるな」と題する同種の記事を執筆している（甲49）。原告に関する本件各記事の語彙及び構成は、これらの記事と同一の型に属する。「レイシスト」「デマ」等の断定と特定の政党・候補者への不投票の呼び掛けとを組み合わせる定型が、対象を替えて反復されてきたことは、本件各記事における断定が原告の個々の言動の取材と確認の結果であるかどうかを判断する際に、考慮されるべき事情である。

また、被告会社のサイト「カナロコ」の記事検索によれば、「レイシスト」を含む記事は約560件、「差別主義者」は約430件、「差別扇動」は約410件、「卑劣」は約330件が表示される（甲50）。人の人格を評価する強い断定の語が数百件という規模で用いられていることは、これらの語が被告らの報道で広く常用されていることを示す事情である。念のため付言すると、原告は、これらの記事における各対象者への表現の当否を本件で問題とするものではない。

被告らの証拠説明書上、有料動画サイト等の印刷物は令和8年6月16日（乙9）、原告ウェブサイト及びふれあい館に関する印刷物は同月18日（乙10、乙12）、法務省ウェブページの印刷物は同月21日（乙15）の作成とされ、いずれも令和7年10月の本件各記事公表後、しかも本件訴訟提起後の日付である。したがって、これらの号証は、それ自体としては相当性を基礎付けない。被告らが各記事の公表時にその情報を現に取得して検討していたと主張するのであれば、第10(6)のとおり、その取得又は閲覧の時期を記事ごとに特定すべきである。

なお、乙16は令和8年1月22日付であり、本件選挙及び本件各記事の掲載後に、被告会社が自らの報道対応を検証したとする記事である。被告らは、同号証を、量的に等しく選挙報道をする義務がないことの根拠として挙げる。同号証が示すのは、被告会社の事後的な評価及び回顧的説明にとどまり、各記事公表時の相当性を基礎付ける客観資料又は取材資料となるものではなく、そこで前提とされた個々の事実の真実性を独立に証明するものでもない。むしろ、被告会社は、本件各記事の公表後、原告に訂正又は反論の機会を与えることなく、自らの報道を正当化する記事を改めて公表したものであって、この点は第8の5記載のとおり損害の程度を判断する事情となる。

また、被告らは、乙1として日本新聞協会の声明及び統一見解を提出する。これらが示すのは、選挙において偽情報等の流通が懸念されるという一般的状況及びこれに対する業界団体の自主的な見解にとどまり、本件各表現の前提事実の真実性又は相当性の判断を左右するものではない。

さらに、被告らは、論評としての域を逸脱しないとの点について、原告が候補者であったこと、政治的意思決定の判断材料になること及び選挙運動等に藉口して不当な差別的言動が行われる場合があるとの一般的指摘（乙14。同号証が本件選挙時の原告の個々の発言を証明しないことは、前記第4の2のとおりである。）を述べるにとどまる。しかし、前記第2の3のとおり、選挙候補者に対する論評に広い自由が認められるのは、それが公的活動と関連する真実又は相当な理由のある前提事実に基づく場合である。

原告が問題とするのは、表現が強いこと自体ではない。問題は、各表現が、記事の特定する具体的言動と対応していないことである。甲14は原告を「極悪なレイシスト」と呼び、「部落差別を20年にわたって続ける」と記載するが、同記事が本件選挙時の原告の言動として特定するのは、「ヘイトスピーチ条例の廃止」を公約に掲げ、これを正当化する主張をしたことである。甲10・甲25は、原告を「レイシスト」とした上で「偏執ぶり」「悪辣」「狡猾」「卑劣」等の表現を重ねるが、同記事が本件選挙時の原告の言動として特定するのは、ふれあい館の「中立化」を政策に掲げ、住民からのメールを読み上げ、取材時に講演の詳細を示さなかったこと等である。同記事はこのほか別件判決の確定など過去の経過にも触れるが、別件判決が証明する範囲が上記各表現の前提事実に及ばないことは、第4の1で述べたとおりである。条例の廃止を公約に掲げること及び公的施設の運営を批判することは、行政施策及び公金支出に対する政策上の主張であって、それ自体が特定の属性を有する者を排斥すべきであるとの主張ではない。

裁判所は、各記事について、これらの表現と記事が特定する具体的言動との対応関係を検討すべきである。対応する前提事実を欠く部分については、これを「論評」と分類するか「事実の摘示」と分類するかにかかわらず、被告らは免責されない。

さらに、意見ないし論評による免責は、その表明が「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない」ことを要件とする（前掲最三小判平成9年9月9日）。この要件も、免責を求める被告らが主張立証すべきものであるが、被告準備書面は、この点について、原告が公職の候補者であり政治的意思決定の判断材料になることを述べるにとどまる。仮に一部の表現についてその前提事実が認められる場合であっても、「極悪」「偏執」「悪辣」「狡猾」「卑劣」といった人格そのものに向けられた語は、条例の廃止又は公的施設の運営という政策上の主張を批判するために用いる必要のない表現である。特定の候補者を名指しした上でこれらの語を選挙期間中に反復した本件各記事は、政策批判の限度を超えて、人身攻撃に及ぶものである。なお、原告が第2の3で引用した東京高判平成15年12月25日が「ウソつき常習男」との表現を論評の域内としたのは、その前提事実がいずれも真実又は相当と個別に認定された事案においてである。前提事実の立証がない本件とは、判断の前提が異なる。

加えて、対象者を差別主義者と評価しさえすれば人格的罵倒をもって応じてよいという規範は、名誉保護法制の趣旨と相容れない。名誉毀損及び侮辱に対する法的保護（刑法230条、231条、民法709条、710条）は、人格への攻撃に対する対抗手段を私的な応酬に委ねず、事実と論拠による言論及び法的手続の枠内にとどめることによって、侮辱の応酬とそれによる憎悪の拡大を防ぐことをその趣旨に含む。仮に被告らの評価を前提としても、報道機関に求められるのは事実と論拠による批判であって、「極悪」「偏執」「悪辣」「狡猾」「卑劣」といった罵倒を紙面で反復することではない。差別的言動への対抗を理由とする人格的罵倒が免責されるとすれば、同種の罵倒を用いる他のあらゆる者の言動を法的に制約する規範は失われ、憎悪表現の応酬はかえって拡大する。この点も、本件各表現が論評としての域を逸脱するか、及び社会通念上許される限度を超えるかの判断において考慮されるべきである。

なお、被告らが引用する最三小判平成22年4月13日（平成21年（受）第609号・民集64巻3号758頁）は、発信者情報開示請求における特定電気通信役務提供者の重大な過失の有無が争点とされた事案であり、その中で、社会通念上許される限度を超える侮辱行為である場合に名誉感情侵害による人格的利益の侵害が認められ得る旨を判示したものである。原告の請求の中心は、本件おことわり及び本件各記事によって社会的評価が低下したという名誉毀損であって、名誉感情侵害はこれとは別個の不法行為である。同判決が示す名誉感情侵害の判断枠組みは、第2で述べた名誉毀損についての真実性、相当性及び論評の域の判断を不要とするものではない。

その上で、名誉感情の侵害は、本件において独立に成立する（訴状第2の5(8)及び6(2)）。特定の候補者を実名で名指しした上、「極悪」「偏執」「悪辣」「狡猾」「卑劣」といった人格そのものをおとしめる語を、新聞紙面及びウェブ上で選挙期間中に反復して用いることは、政策批判に必要な範囲を明らかに超えるものであり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為に当たる（前掲最三小判平成22年4月13日参照）。これらの語は、それ自体としては証拠による真偽の判断になじまない罵倒であるから、仮に事実摘示としての名誉毀損が成立しない部分があるとしても、侮辱としての違法性は左右されない。

また、被告らは、真実を基礎とする意見ないし論評による名誉毀損について違法性又は故意過失を欠く場合には、名誉感情侵害についても同様であると主張する（東京高判平成15年12月25日の引用）。しかし、その判断は、論評の前提事実が真実又は相当と認められることを前提とするものである。前提事実の真実性又は相当性が立証されていない本件では、その前提を欠くから、名誉感情侵害の成否は、前記の受忍限度の枠組みに従って独立に判断されるべきである。

## 第8 責任原因及び損害に関する原告の主張の整理

## 1 本件請求の法的根拠

本件請求の中心は、被告らによる虚偽又は真実性・相当性を欠く事実摘示及び論評が原告の名誉権を侵害したことによる民法709条、710条、715条及び719条の責任である。訴状記載の名誉感情侵害（訴状第2の5(8)及び6(2)）、人格権（差別されない権利）の侵害及び選挙活動上の利益の侵害の各主張は、いずれも撤回せず維持する。本書面は、被告準備書面が真実性・相当性及び論評の域の抗弁を中心としていることに対応して、名誉毀損に関する反論を中心に整理するものである。

公職選挙法148条1項ただし書及び川崎市条例（甲38）は、候補者報道において虚偽又は歪曲を避けるべき注意義務、並びに不当な差別的取扱いを避けるべき規範を検討する事情として主張する。これらの規定違反そのものから独立の請求権を導くのではなく、訴状記載のとおり、不法行為の違法性の評価及び注意義務の内容を基礎付ける事情として位置付ける。

訴状で公職選挙法225条に言及した点についても、街頭での抗議、これを撮影した写真及び記事の編集を含む一連の事情を、民法上の不法行為の成否及び損害を判断する事情として主張する。

訴状において公益目的性を争う事情として主張した被告石橋の講師活動等は、取材対象との関係及び検証姿勢を判断する事情として維持する。現に、被告石橋は、ふれあい館が市立小学校において2009年から取り組む授業を紹介する署名記事を執筆しており、その記事は、市立中学校の人権尊重教育推進事業の資料にも収録されている（甲46）。被告石橋は、本件各記事が「デマ」と断定した対象であるふれあい館の学校教育への関与それ自体を、取材し好意的に紹介してきた記者である。その上で、本書面は、本件選挙報道に公共性及び公益目的性が認められる場合であっても、真実性、相当性又は論評の前提事実との関連性を欠くことを中心に反論するものである。

## 2 被告ごとの行為及び責任

甲3、甲5、甲10ないし甲15、甲17、甲20、甲22、甲25ないし甲28、甲30ないし甲32及び甲34には、被告石橋の署名又は同人を執筆者とする表示がある。特に甲34も、記事末尾に「石橋 学」と明記されている。被告石橋は、これらの記事における取材、事実の選択、文言の選択及び執筆を行った者として、自己の行為について民法709条の責任を負う。

被告石橋は、本件各記事の掲載当時、被告会社の従業員として川崎市長選挙の取材及び記事執筆に従事していた。本件各記事の取材、執筆及び掲載は、被告会社の新聞及びウェブ媒体による報道事業の執行としてされたものである。

被告会社は、甲1ないし甲34の発行又は配信の主体である。新聞及びウェブ媒体への記事の掲載は、被告会社が自らの編集判断に基づいて決定し、実行する行為であって、被告石橋の行為を単に外形的に負担するものではない。とりわけ、本件おことわりは、第三者又は被告石橋個人の見解を引用したものではなく、被告会社が編集主体として「異なる扱い」を決定し、表示したものである。したがって、被告会社は、本件おことわりを含む本件掲載等の全体について、自らの行為として民法709条の責任を負う。予備的に、被告石橋がその事業の執行について執筆した記事については、被告会社は民法715条1項の責任を負う。

被告石橋の署名又は執筆者表示がある上記記事群だけでも、「レイシスト」「差別主義者」「極悪」「偏執」「悪辣」「狡猾」「卑劣」「デマ」「うそ」「差別扇動」「選挙ヘイト」等の表現が、選挙期間中及び選挙後に紙面及びウェブ上で反復されている。原告は、同記事群による精神的損害だけでも請求額を下らないと主張する。したがって、同一の損害について、被告石橋は民法709条により、被告会社は自らの掲載行為について同条により、予備的に民法715条1項により、それぞれ請求額の限度で責任を負う。

両被告が記事の企画、取材、見出し又は掲載判断を共同して行った部分については、民法719条の共同不法行為も主張する。以上の各責任原因は、同一の損害について重複する範囲で併存するものであり、両被告の債務はその範囲で不真正連帯の関係に立ち、一方の被告の弁済によりその限度で他方の債務も消滅する。

## 3 故意又は過失

被告らが、本件おことわり及び本件各記事を、その記載内容を認識した上で掲載又は配信したこと自体は争いがない。もっとも、民法709条の故意又は過失との関係で中心となるのは、原告の社会的評価を低下させる意味内容について、各記事の公表時に、その重要な前提事実を確認し、又はこれを真実と信じる相当の理由を得るために必要な確認をしたかである。

被告石橋は、公的文書が「説示」とする措置を「勧告」又は「行政勧告」と表示し、取材時に原告が十分な説明をしなかったことから、客観的虚偽だけでなく「差別扇動」又は「選挙ヘイト」との目的及び人物評価まで導き、これらを選挙期間中に反復した。しかし、現時点でも、その公表時資料、質問及び回答の正確な内容並びに確認過程を記事ごとに特定していない。同被告が取材及び執筆を担当した記者であること、表現の重大性及び選挙期間中という公表時期に照らせば、各前提事実について真実性又は相当性が認められない部分について、同被告には、少なくとも必要な確認を尽くさなかった過失がある。

被告会社も、本件おことわりを自らの編集判断として決定し、同おことわり及び被告石橋の記事を自らの紙面及びウェブ媒体に反復して掲載した。被告会社が報道機関として、記事の前提資料、公的措置の正式名称及び取材記録を確認し、反復掲載の都度その判断を見直すことができたことに照らせば、真実性又は相当性が認められない部分について、被告会社にも、少なくとも編集及び掲載に必要な確認を尽くさなかった過失がある。

## 4 写真掲載に関する主張

甲12・甲27の記事には、「アホカス差別野郎」「オワコン　レイシスト　差別やめろ」等と大書されたプラカードを掲げた者らが原告を取り囲む場面の写真が、「選挙ヘイトに抗議する市民に囲まれる宮部氏」との説明文を付して掲載されている。「アホカス差別野郎」との文言は、原告の人格に向けられた低俗な罵倒そのものであり、候補者である原告の氏名及び容ぼうとともにこれを紙面及びウェブ上で公表することは、侮辱的表現の再発信にほかならない。

被告らは、写真が虚偽でも事実の歪曲でもないと主張する。しかし、本件で問われるのは、撮影された場面が現実に存在したか否かではなく、被告らが、この侮辱的文言を含む写真を、「極めて悪質なレイシスト」「暴挙」等の断定と組み合わせ、原告に対する人物評価を補強し、罵倒を含む抗議行動を正当なものとして提示する素材として、自らの編集判断で採用した点である。写真が現実の場面を撮影したものであることは、記事全体の編集及び文脈による名誉毀損又は侮辱が成立しない理由にはならない。

## 5 損害及び因果関係

本件おことわり及び本件各記事は、原告を氏名及び候補者として特定し、紙面及びウェブ上で一般読者に公表されたものである。その中で、原告が虚偽を用いて差別を扇動する人物であるとの意味内容及び人格全体に及ぶ表現が反復されたことから、これらの掲載行為と、原告の社会的評価の低下及び精神的苦痛との間には直接の因果関係がある。

慰謝料の額は、事実審の口頭弁論終結時までに生じた諸般の事情をしんしゃくして算定される（最三小判平成9年5月27日（平成8年（オ）第220号・民集51巻5号2024頁））。供託金没収点との差（甲36）及び選挙期間中の反復掲載は、虚偽又は根拠不十分な人物評価が候補者としての原告に与えた精神的苦痛の程度を判断する事情として主張するものである。

本件では、①「レイシスト」「差別主義者」にとどまらず、「極悪」「偏執」「悪辣」「狡猾」「卑劣」等の人格全体に及ぶ表現が重ねられたこと、②本件おことわりが候補者紹介、アンケート及び選挙情勢記事に反復して付されたこと、③紙面とウェブの双方で公表され、ウェブ記事が選挙後も閲覧可能な状態に置かれたこと、④告示前日の令和7年10月11日から投票日及び選挙後の同月27日まで集中して公表されたこと、⑤甲15・甲32において、被告石橋が「レイシスト以外の票が増えればそれだけ『ヘイト票』の割合は低くなる」等と記載し、原告以外の候補者への投票を明示的に促したこと、⑥被告らが、本件各記事の公表後も原告に訂正又は反論の機会を与えず、かえって乙16のとおり自らの報道を正当化する記事を公表したことが、いずれも精神的苦痛の程度を増大させる事情である。

なお、被告会社が本件選挙において原告についてのみ主張及び政策を紹介しない扱いをしたことは、令和7年12月15日、大和市議会の一般質問においても、選挙報道における市民の知る権利の観点から取り上げられた（甲40）。本件掲載等が、原告の落選した選挙の報道にとどまらず、他の自治体の議会における公開の質疑の対象にまで及んだことは、精神的苦痛の程度を判断する一事情である。

また、原告本人が本件訴訟を追行していることから、請求額240万円の全額を、上記の表現の重大性、反復性、媒体、時期、継続性及び選挙候補者として受けた精神的苦痛を総合した慰謝料として主張する。訴状第2の6(4)の損害項目をこのとおり整理するものであり、請求の趣旨及び請求額を変更するものではない。

遅延損害金について、原告は、令和7年10月13日までにされた本件おことわり及び断定的記事の掲載により、請求額を下らない一体的な精神的損害が発生したとして、訴状記載のとおり同日を起算日として請求する。同日より後の反復掲載及び事後の態度は、同日までに生じた損害の重大性を裏付ける事情として主張するものであり、新たな損害項目を追加するものではない。仮に損害の一部が同日より後の掲載により生じたと評価される場合であっても、遅くとも最後の掲載日である令和7年10月27日までには全損害が発生しているから、少なくとも同日からの遅延損害金は認められるべきである。

## 第9 本件各記事と被告らの抗弁との対応

本件各記事を、実質的に対応する紙面版及びウェブ版ごとに整理すると、別紙「本件各記事と被告らの抗弁との対応表」のとおりである。この整理は、同内容の記事を重複して論じることを避けつつ、甲1ないし甲34のすべてを判断対象として特定するためのものである。

中でも、公的措置を「勧告」と表示した点、甲10・甲25で取材時の説明不足から客観的虚偽及び差別扇動の目的まで導いた点、甲32の「犬笛型ヘイト」並びに甲34の女性への「攻撃」は、証拠との対応を具体的に判断できる事項である。これらについて、強い人物評価一般の当否に解消せず、記事の記載と一次資料とを直接対照すべきである。

以上のとおり、被告らが前提事実として主張するものは記事群ごとに異なる。一部の行為や発言について証拠があるとしても、そこから直ちに、記事が付け加えた目的・動機、人物全体への評価、差別扇動との因果関係までが真実であることにはならない。裁判所は、別紙対応表の「被告らが主張立証すべき点」欄に記載した各事項について、被告らが公表時に持っていた資料に基づいて判断すべきである。

## 第10 求釈明

被告らは、真実性及び相当性の抗弁の対象を明確にするため、次の事項を明らかにされたい。

(1) 本件おことわりを初めて決定した時点で根拠とした原告の具体的言動及び当時保有していた資料、反復掲載時にその判断を再検討したか否か、並びに被告石橋がその起案又は決定に関与したか否か

(2) 川崎市ふれあい館について、原告の発言のうち被告らが虚偽とする具体的命題、記事公表前の照会先及び照会時期並びに得た回答の内容

(3) 甲10・甲25が対象とした演説の日時及び場所（被告準備書面第2の2(4)③は「令和8年10月18日」とする。）、同演説において原告が読み上げたとされる住民からのメールのうち被告らが虚偽と判断した具体的命題、当該命題の反対事実を確認した照会先及び資料、原告に示した質問及び回答の正確な内容、並びに録音又は同時に作成した取材メモの有無

(4) 甲13・甲28が対象とした平成29年の会話について、取材相手の立場、取材日及び回答の正確な内容、同時に作成した記録の有無、並びに原告に示した質問及び回答の正確な内容。また、甲13・甲28の「支部長を含む当事者から起こされた訴訟では『差別されない権利』を侵害したと認定する判決が最高裁で確定している」との記載について、支部長と部落との関わりが同訴訟において確認されたとする根拠の有無及びその内容

(5) 各記事中の「勧告」及び「行政勧告」との表示について、被告らが根拠とする措置の発出主体、発出年月日及び根拠規定。並びに「差別で金もうけ」、「犬笛型ヘイト」及び女性を含む各集団への「攻撃」について、被告らが摘示又は論評の前提として主張する具体的事実及び各記事の公表時に保有していた資料

(6) 乙9、乙10、乙12及び乙15について、どの記事の公表前にその内容を保有又は閲覧していたと主張するのか、並びに各号証を真実性と相当性のいずれの根拠として提出するのか。乙16については、本件各記事の公表前に同号証記載の事実を裏付けるどの資料を保有又は閲覧していたと主張するのか

## 第11 結論

被告らは、本件おことわり及び本件掲載等により、原告が客観的事実に反する情報を流して差別を扇動する人物であるとの意味内容を、本件選挙の告示前日から選挙期間中及び選挙後にかけて、紙面及びウェブ上で反復して公表した。

被告らの提出する証拠のうち、別件判決（乙2・乙3）、原告本人の供述調書（乙4）、行政機関の説示書（乙5・乙6）、原告の投稿（乙7）及び有料サイトに関する資料（乙9）が証明するのは、第4で述べた範囲、すなわち各文書に記載された行為、措置及び文言にとどまる。その余の資料は、差別に関する一般資料、公的施設の手続上の運営、供述者の陳述書を伴わない否定供述の紹介、及び本件で違法性が争われている記事自体の記載である。いずれからも、各記事が伝えるより広い事実的評価、すなわち本件選挙における原告の発言が虚偽であり差別を扇動したとの事実が真実であるとはいえない。相当性についても、被告らは、各記事の公表時資料を特定せず、「現場等での取材」と述べるにとどまる。加えて、被告らが提出する乙9、乙10、乙12、乙15及び乙16は、いずれも本件各記事の公表後に作成されたものであって、相当性を基礎付けない。

第9の整理のとおり、本件おことわりを掲載した記事群、甲3・甲20、甲5・甲22、甲10・甲25、甲11・甲26、甲12・甲27、甲13・甲28、甲14・甲30、甲15・甲32、甲17・甲31及び甲34では、被告らが主張する前提事実と、記事が一般読者に伝える目的・動機、人物全体への評価、差別扇動との因果関係又は差別拡散のおそれを基礎付ける事実との間に、対応関係がない。過去の行為又は発言の一部について証拠が提出されていることによって、記事中のより広い事実摘示及びすべての論評が一括して免責されるものではない。

また、仮に名誉毀損としての免責が認められる部分があるとしても、実名で名指しした上での人格をおとしめる語の反復は、前記第7のとおり、社会通念上許される限度を超える侮辱行為として不法行為を構成する。

よって、真実性若しくは相当性を欠く事実摘示又は前提事実との対応を欠く論評により原告に生じた損害について、被告石橋は民法709条及び710条により、被告会社は自らの編集・掲載行為について同各条により、予備的に被告石橋の事業執行上の行為について民法715条1項により、それぞれ賠償責任を負う。両被告が共同して行った部分については民法719条の責任も負い、これらの責任原因は同一損害について重複する範囲で併存し、両被告の債務はその範囲で不真正連帯の関係に立つ。第9において問題表現を記事群ごとに整理したことは、訴状で特定したその余の問題表現に関する主張を撤回する趣旨ではない。

遅延損害金については、訴状記載のとおり、令和7年10月13日から支払済みまでの支払を求める。

以上

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# 別紙　本件各記事と被告らの抗弁との対応表

| 対象記事（甲） | 主要な表示及び被告準備書面の分類 | 被告らが前提事実として主張するもの | 被告らが主張立証すべき点 |
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| 甲1・甲18、甲2・甲19 | 本件おことわり及び立候補予定者・候補者報道における異なる扱い | 乙2ないし乙7等に記載された原告の過去の行為及び発言の一部 | 各公表時に「著しい差別的言動」があり、通常に掲載すれば「差別が拡散する恐れ」があると被告会社が判断した具体的事実及び資料 |
| 甲4・甲21 | 候補者紹介からの除外及び本件おことわり | 同上 | 掲載量の差ではなく、除外理由として被告会社が公表した上記の評価の真実性及び相当性 |
| 甲6・甲7・甲8・甲23 | 候補者アンケートからの除外及び本件おことわり | 同上 | 各アンケートの公表時に同じ断定を反復するための個別判断及び公表時資料 |
| 甲9・甲24、甲33、甲29 | 選挙情勢・最終日の報道からの除外及び本件おことわり | 同上 | 選挙の進行後も「差別が拡散する恐れ」が継続していると判断した資料及び見直しの有無 |
| 甲16 | 選挙戦最終日の候補者報道からの除外。ただし本件おことわりの記載はなく、原告のみが理由の表示もないまま不掲載とされている | 同上 | 同一の企画について、ウェブ版（甲33）には本件おことわりを付し、紙面版には理由を表示しないまま原告を不掲載とした編集判断の根拠 |
| 甲3・甲20 | ①「レイシスト」「差別主義者」、②在日コリアンへの差別を煽るデマ | 乙2ないし乙9は過去の識別情報掲載等を、乙10はふれあい館の中立化を政策に掲げたことを、それぞれ一定範囲で基礎付ける | 本件選挙の街頭演説におけるどの具体的発言が虚偽で、在日コリアンへの差別を煽ったのか、その発言記録との対応。「勧告」及び「最高裁で認定」との表示の正確性 |
| 甲5・甲22 | ①「レイシスト」、②在日コリアン側に問題があるかのような「うそ」 | 別件判決、行政上の説示及び原告の過去の投稿 | 本件選挙における具体的な「うそ」の特定、「勧告」との表示の正確性、記事が記載する差押えの事実から現在の発言及び人物評価へ拡張できる範囲 |
| 甲10・甲25 | ①「レイシスト」、③「デマに基づく差別扇動」「選挙ヘイト」。本文には「偏執ぶり」「悪辣」「狡猾」「卑劣」との表現もある | 原告がふれあい館の中立化を掲げ、住民からのメールを読み上げたこと、取材時に講演の詳細を示さなかったこと | 読み上げられたメールの記載事項のうちどの命題が客観的に虚偽か、その反対事実をどの資料により確認したか。取材時の説明不足から差別扇動の目的及び「選挙ヘイト」まで導く根拠。第三者の「市長選に出る資格ない」と、被告ら自身の断定との区別。上記各表現と記事が特定する言動との対応関係 |
| 甲11・甲26 | ①「差別主義者」「レイシスト」 | 市民によるスタンディング及び抗議が行われたこと | 市民の発言を報じる部分と、被告石橋自身が原告を「レイシスト」と断定した部分との区別及び後者の前提事実 |
| 甲12・甲27 | ①「極めて悪質なレイシスト」、④「民主主義を根底から破壊する暴挙」、⑤「デマ」「差別扇動」 | 乙2ないし乙9は識別情報掲載、行政上の説示及び有料配信等を一定範囲で基礎付ける | 個々の演説発言の虚偽性、社会からの排除を具体的に煽った事実、「差別で金もうけ」とする目的・動機、「勧告」との表示の正確性、及び「極めて悪質なレイシスト」との表現と記事が特定する言動との対応関係 |
| 甲13・甲28 | ⑤「デマにデマ重ね」「うそにうそを重ね」。本文には「レイシスト」との断定もある | 現支部長の否定、中央本部の回答及び原告の過去のブログに同じ文言がないこと | 被告らが取得した回答及び原告への質問・回答の正確な内容、複数の反対資料から記事が付加した上記の意味の範囲 |
| 甲14・甲30 | ①「極悪なレイシスト」「部落差別を20年続ける」 | 原告が長期間、識別情報の調査及び掲載を行ったこと並びに条例廃止を政策に掲げたこと | 行為の継続と「差別を20年続けた」との評価の同一性、条例廃止の主張を「差別を続ける宣言」と断定する前提、及び「極悪なレイシスト」との表現と記事が特定する言動との対応関係 |
| 甲15・甲32 | ①「レイシスト」「差別主義者」、⑤「デマ」。甲32には「差別で金もうけ」「犬笛型ヘイト」との記載がある | 別件判決、原告の投稿及び有料サイトの存在 | 有料配信から差別目的の金もうけと認定する根拠、原告が同調者に攻撃を仕向けた具体的行為。「レイシスト以外」への投票を促す記載が与えた影響 |
| 甲17・甲31 | ①及び⑥「レイシスト」「デマ」「差別扇動」 | 原告が「LGBTは利権だ」等と演説したこと及び差別が社会問題であるとの一般資料 | 政策・公金支出への批判のどの事実部分が虚偽か、第三者が被告記者に述べた暴言と原告の指示又は扇動との因果関係、「行政勧告」との表示の正確性 |
| 甲34 | ①選挙後も「レイシスト」と表示し、在日コリアン、性的少数者、女性、被差別部落出身者への攻撃を繰り返したと総括 | 得票数、供託金没収及び記事中に引用された原告の発言自体 | 選挙結果は人物評価の真実性を証明しないこと、女性を含む各集団への「攻撃」の具体的言動、選挙後に包括的評価を再公表するための資料。記事末尾の表示によれば執筆者は被告石橋であること |
